初夢は1エロ2サケ3バクチ ③
大西洋はさわやかなブルー。日本海は淀んだ灰色。そんなイメージ通りの海の表情をひたすら眺めていた。千切れた雲の隙間からオレンジの光が隙間を縫うように流れている。日本海沿いの景色をひたすらに眺めることのできる山陰本線の線路を轢いた人のセンスの良さを感じる。車窓からは手前の陸もあまり見えないので、まるで海の上を走っているかのようだ。
景色にうっとりとしながら30分ほどすると小串駅に到着。ここで10分程待って電車を乗り換える。
小串駅。なにも無い。
乗り換えの時間に少しだけ海沿いへ。神秘的だった。
ここからもうしばらく進むと下関市からは出てしまう。
電車は移動手段の一つとしか考えていないので鉄オタでもなんでもないんだけどこのノスタルジー溢れる車両はとても好き。
18時19分。乗り換えたノスタルジー電車が出発。次は1時間弱ほどすると長門駅に到着する。すでに暗くなった海は真っ暗で、観ててもつまらないから早速競輪でもやりますか。
伊東8R
18時35分締め切り40分発走だ。
競走得点というのが基本的に高い数値ほど強い選手だが、試合の展開やチーム編成によっていくらでも結果が変わる。特に競馬と違って人間なので、先輩後輩とか、出身の都道府県でチームを組むので、尚更難しい。
単純に競走得点だけ見ると、②永澤が1着、北陸チームの⑤大森が後ろに続いて2着、①③④⑥⑦が3着と予想出来るが、これだとオッズが安い。②が3着以内から外れてくれれば配当も大きくなるので、ここは買い方を変えてみる。なんにしようかな。
ここで、突然電波が途切れる。圏外だ。
なにっ?周りを見ると、そう、電車はトンネルに入ったのだ。車窓の外は暗闇。トンネルの中の風を切る音だけが聞こえて来る。
沈黙。携帯の電波の無い世界とはこんなに静けさに包まれるものかと物思いに耽る。
山陰本線は日本海沿いに線路を作ったのだが、この一帯はリアス式海岸となっている。海にせり出た陸と海が交互に織りなし、その境目には山が迫り上がる地形だ。必然的に線路を通すにはトンネルを通すしか術がなく、幾度となく電車はトンネルを通ることになる。
数分掛かってようやく電車はトンネルを抜けた。
しばらくして電波が戻る。18時30分。車券締め切りまであと数分。早くしないと次のトンネルが来てしまう。
トンネルを抜けた電車は次に長門二見駅に到着するが、その後が問題である。なんとさっきまで日本海沿いを優雅に走っていたはずの山陰本線が、急に進路を変え、山の中に入ってしまうのだ。ここにはかなり長いトンネルが待ち受けているに違いない。ここまでに購入を済ませないと絶対に間に合わない。
ここは、穴狙いだ。関東勢の⑦志村と③山岸が逃げ捲りを決め込んで1、2着、その後に①.④.⑥のどれかが入りこむ。うん、これで行こう。当たるか分からないが、当たればデカい。あまり考える時間はない。早く買おう。
三連単フォーメーション
③ ⑦
③ ⑦
① ④ ⑥
なので、買い目は
③⑦①
③⑦④
③⑦⑥
⑦③①
⑦③④
⑦③⑥
となる。
組み合わせが6通りあるので、それぞれに1000円賭ける。合計6000円。
もし③⑦⑥の順番で来れば最高827000円当たる。
⑦③⑥でも273600円。
こんな当たったらもうお祭りだ。
よっしゃこれでいこう。
車番を選んで、金額を入力。あとは暗証番号をポチッとすれば…
ここで携帯が止まる。
トンネルに入ったのだ。
あまりのタイミングの悪さに絶句する。
頼む、早くトンネルから出てくれ、、、
しかし、僕の願いは届くことなく、18時35分。締め切りの時間になってしまった。
長門二見駅から次の滝部駅までは長い長いトンネルが続いていた。
こうなってしまえば人間というのは切り替えの早いもので、今度は自分の予想が外れることを祈る。②とか⑤とかが3着以内に来てしまえば、僕の賭ける予定だった6000円は無傷で返ってくる。いわば勝ちである。まあ、そうそうないだろ。配当金を欲張って高い組み合わせで買った時ほど当たらないのが世の常であり、ギャンブルなのだ。
もう10分以上もトンネルだ。レースすらも結果が出ているだろう頃、ガーッ、、っと鳴り響きながらトンネルを電車が抜けた。電波が入ってきた。いざ、結果発表である。
⑦-③-⑥
当たっていた。
100円あたり27360円なので1000円分買った僕は273600円になる筈だった。
だがもちろん、トンネルで締め切りを迎えた僕には1円も入ってこないのだ。
ショックのあまり膝が震える。
山陰本線なんて大嫌いだ。
競輪なんて大嫌いだ!!!!
しばらく呆然としたまま車窓におでこを擦り付けて過ごした。
19時33分。絶望に打ちひしがれた僕を乗せた電車は長門駅に着いた。辺りはトンネルと変わらないくらい暗く、駅にも人の気配がない。ここで電車を乗り換えるので30分程の待ち時間ができた。僕はさっきまでの憂鬱を振り払い、颯爽と外に出る。
そう、ここ長門には「ボートレースチケットショップ長門」があるのだ!チャリンコがだめならボート、である。我ながら優秀だ。駅から5分程歩けば着く場所にある。駐車場はなかなか混み合っているようだ。こんな正月早々にギャンブルなんてしているアホどもめ。
皆が皆、鼻息を荒くしながら舟番を紙に書き込んでいる。
ちがうんだよ、みんな。ギャンブルってのは熱くなったら負けなのよ。だから硬めのレースにしっかりかけて少額で勝つ。これが必勝法なのよ。ボートレースは圧倒的に内枠が有利である。搭乗者の実力やモーターの能力なども加味しなければならないが、色々考えると点数が増えてしまう。当たっても負ける、トリガミってやつだ。だから内枠の①.②.③あたり で確実に狙っていくのがセオリーだろう。
結局、大穴に賭けた。当たれば10万超えだ。
もうね、さっきの27万が頭から離れないのよ。ギャンブルは熱くやらなきゃね!
ボートレースが始まった。
手に汗握り、画面を周りのおっさん達と見守る。下関ボートレース、頼むぜ!!
レースは①.②.③の着順で決着。結局内枠で決まった。最初っから内枠で買っておけばよかった。だれだよ大穴とか買うやつは。
舟券をこれでもかとばかりにビリビリに破いて捨てた。競艇なんて大嫌いだ!!!
長門駅に戻って買った角ハイの缶を開けてグビリグビリと飲む。くぅう。負けが胃に沁みる。しばらくして、電車は走り出した。
ここからどこに行こう。
単純に終点の浜田駅を狙うと到着が22時30過ぎになる。そうなっては着いたとしてもお店は全て閉まってしまう。ただでさえ正月&コロナ禍なので行く当てもなくなってしまう。
とはいえ益田駅で降りても21時30。もっと早めにどこかで降りて空いてる店とか無いだろうか。Google mapであらゆる地域の居酒屋、スナックなど検索しまくる。どうやら「東萩駅」で降りると20時すぎくらいに到着出来て、徒歩圏内に飲み屋が数軒あるみたいだ。ここに行こう。長門駅から40分ほどだ。
これまでの正月の出来事を振り返った。
当たったと思えば八幡製鉄所に持っていかれ、買えたと思ったらトンネルにやられ、やけくそになったボートは固く決まる。
人生もギャンブルもまぁこんなものかとふっとため息をつく。負けてるけど、そんなに悪い気分じゃない。1人旅の電車旅、こんなに感情を揺さぶられる思いができただけ楽しかったじゃないか。車窓に写る自分の顔を見た。もう今年で30歳か。生きてたら色んなことあったけど、楽しく生きてこられたな。そしてきっとこれからも楽しいことがあるに違いない。
なんてしみじみ想いに耽る。
東萩に着いたらどんなことが待ってるのだろうか。楽しみでしょうがない。
つづく