しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

初夢は1エロ2サケ3バクチ  ④

 

 


頼むっ、頼む頼む頼む、、、

ぐわぁー!!

 


揺れる静かな電車の中で男がもがき苦しんでいた。こんな正月からこの時間に電車に乗るような酔狂な人は他におらず、この男1人だった。

 


長門駅から東萩駅までの道中、YouTube LIVEで競輪中継を観ながら更に賭け続けたこの車窓の男は、負けに負け、数十分の間に10000円位負けた。

 


理性を失い、我を忘れて犬畜生のように吠えている。その男が車窓に映っている自分自身なのだとは思いたくもなかった。

 


等間隔に配置された萎びた街灯が、その男を照らすたびに姿が消え、また現れてと繰り返している。この男の過ちもこれから幾度となく繰り返されるのかもしれなかった。

 


博打はやればやるほど負ける。

 


そんな簡単なことも分からずにいるこの男は愚かでしかなかった。たまに勝つ経験がある事をいいことに、何度も同じ過ちを繰り返す。感情的に。

 


愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶとは良くいったものだ。

 

 

 

20時16分。東萩駅に電車が滑り込む。

さあて、気をとりなおして街の灯りを目指して歩きますか。

 

f:id:shirabo:20220711114630j:image

一向に何も見えてこないので痺れを切らしてGoogle MAPに頼る。居酒屋で検索すると、どうやら松本川を渡って1キロほど歩くと密集地に行けるようだ。田んぼ道をひた歩く。たまに通り過ぎる車は、まさか歩行者なんているわけないだろくらいの勢いでかっ飛ばして走り抜ける。なんらかの魔法がかけられてブレーキが効かない車の様だった。気をつけていないと轢かれる。

 


しばらくするとようやく商店街が見えてきた。だが、実際に商店街を通ると、完全にシャッター街になっている。

f:id:shirabo:20220711114740j:image

 

 


こりゃ詰んだ。どうしよう。

コンビニもここから2キロほど歩いた所にしか無い。しかしせっかく旅に出てきてコンビニで済ませるのはあまりにも味気ない。どこか探さねば。

 


商店街を少し外れると、チラホラスナックがあった。中からカラオケの唄声も聴こえてくる。こりゃあ行けるばい!とドアを開けようとしたら張り紙が。

 


「コロナ感染防止の為他県の方はお断り」

 


やはり遠方から来た旅人なんて受け入れてくれるはずはないのである。それでコロナなんてうつされたらたまったもんじゃないもんな。仕方なく諦めた。

 

f:id:shirabo:20220711130126j:image

(拾い画像)
しばらく探索すると、まだ開いている居酒屋発見。よし、もうここ行くしかない!迷わず店内へ。割と賑わっていて、20歳そこらの若者がたむろしていた。1人です、と答えカウンターに座る。左隣には女子大生らしき二人組の女。右隣には6.70歳くらいのお爺さんが1人。

 


とりあえず、生ビールだ。1杯目だからとりあえず、ではなくてなかなか歩いたので喉が渇いていた。綺麗に注がれたビールで喉を潤す。

 


しばらくメニューを見ていると、隣のお爺さんが声をかけてきた。

 


「君は、この辺の人ですか??」

 


これはまたコロナを気にした老人が僕の所在を調べているに違いない。咄嗟に嘘をついた。

 


「はい。地元です。」

 


「そうなんですか。いや、実はね、、」

 

 

 

そこからお爺さんは饒舌に色々話しかけてくる。コミュ力高いなこの人。でもせっかく東萩の人と話ができるので丁寧に相槌をうち、話を聞く。

 


どうやらこのお爺さんは東京に住んでいて、地元の実家の管理をする為に息子と正月に帰ってきたらしい。だけどお爺さんの息子は古い実家の部屋は寒いし、田舎は退屈だと言って先に東京に戻ってしまったらしい。それでお爺さんは1人でこのお店で呑んでいる、ということだった。

 


なんて親不孝な息子なんだ、と思ったが、僕も人のことを全然言える立場ではないので、そこには触れなかった。代わりに、お爺さんが東京から来てるのが分かったので、僕も東京から来ていることを打ち明けた。「コロナを気にしているのかと思って嘘ついてごめんなさい。」そう僕が謝ると、お爺さんは優しい顔で、いいんだよ、あなたも気を遣って大変ですね。と答えてくれた。なんていい人なんだ。

 


「なんだかね、息子と話してるみたいで楽しいんですよ。ありがとう。良かったら、ご馳走させてください。一緒に呑みませんか?」

 


願ったり叶ったりのお爺さんの提案を僕は快く引き受けた。旅先の恩は喜んで受けるべし。これが僕のポリシーだ。そして2人で呑むことに。山口県といえば日本酒が美味い。獺祭が有名だが、あれは内陸部の酒蔵で造られている。日本海側の東萩にも岩崎酒造という酒蔵があり、山田錦を使った純米吟醸が有名だ。

 


たまたま入ったこの居酒屋も、岩崎酒造の昔の蔵を改装して居酒屋になっており、岩崎酒造の日本酒が数多く置かれている。むしろこの辺り一帯は暗くて見えなかったが岩崎酒造の蔵がいくつか並んでいるらしい。早速お爺さんと徳利2合とお猪口2つで乾杯だ。

 


お爺さんは「信雄と呼んでください。」と言った。僕も名前を伝え、信雄さんと飲みながら語り合った。

 


獺祭は甘過ぎると思ってしまうので日本酒は辛口が好きだが、ここの山田錦の日本酒は甘過ぎず、さっぱりしていて美味い。ぐいぐいと酒が進む。酒と共に信雄さんとの会話も弾む。信雄さんの生い立ちについて聞いてみた。

 

 

 

信雄さんは1944年、旧満州国新京市に生まれた。それから一年後、戦後の満州引き揚げと共に山口県萩に住む。

 


第二次世界大戦後の満州引き揚げ時について知らない人は是非調べてください。日本人は必ず知っておかないといけない。

 


萩に住んでからは小中高を過ごし、東京で写真の専門学校へ通う為上京。それからは萩と東京を往復する形で仕事をしているという。

 


「なんだかね、萩が地元って感覚は無いんですよ。不思議と。物心ついてなかったけれど、私の故郷は、地元は、満州にあるんだと今でも感じています。でも、純粋にこの萩が好きなんです私は。」

 


信雄さんがぐいっとお猪口を傾けた。誇らしげな面持ちの中にほんのり寂しさが混じっている、そんな表情に見えた。

 


日本酒をちびりちびりと飲みながら、信雄さんの過去に思いを馳せる。人の過去は皆それぞれあるが、他人事と思わずに、親身になって、自分事のように聴き入ると、そのときの情景が目の前に映る。まさに信雄さんの生い立ちを一緒に体験したような錯覚にまで自分を沈め込む。僕は元来本が好きだから、相手の話す想像の中に浸るのが好きなのかもしれない。

 


あっという間に2時間以上が過ぎ、空いた徳利がカウンターにいくつも並んでいた。

 


「ありがとう。あなたは色んな土地を旅しているみたいだけれど、あなたはとても魅力的だから色んな人に声をかけられるんじゃないのかい?私もね、君が横に来た時に、どんな人なんだろうって気になってしまったんですよ。」

 


魅力的だなんてそんな、と言いつつ、嬉しくて(日本酒も入っているから)顔が赤くなったのが自分でも分かった。キャバクラとかで言われるような容易い褒め言葉なんか一つも響かないが、人生を歩んできた年配の人の褒め言葉というのは、心の奥にゆっくりと沁みていくものだ。

 


今日はどこに泊まるんですか?と聞かれたので、いや、野宿です。と自分のリュックの寝袋を指差すと信雄さんは大層驚いた。

 


「こんな日に外で寝たら風邪をひいてしまいます。ぜひ、古い家ですがウチでよければ泊まってください。」

 


まさか何も知らずに萩に来たら酒と飯奢ってもらって泊めてくれるなんてなんて運がいいんだ、、いや、信雄さんがとても優しい人なのだ。

 


「いいんですか!?じゃあ、甘えちゃいまーす!!」

 


2人で日本酒で頬を赤らめ、ハハハと笑いあった。お店の店員に居酒屋の閉店を告げられた。信雄さんに奢ってもらい、席をたつ。

出口を出ると風が吹いていた。

居酒屋の中がよほど暖かかったからか、外はかなり冷えた。

 


偶然寄った街で偶然入った居酒屋で、こんな好意に出逢えるとは。やはり旅は楽しいものだ。僕もいつか旅人に出会うときには、信雄さんから頂いた恩をまた違う誰かに返すときが来るのだろうと思った。

 


つづく