しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

千葉と言ったら○○○○○ランド

 

6月も半ばに入ると本格的な蒸し暑さが始まった。


僕が住んでいる舞浜は海も近く、熱と湿気を帯びた海風が東京湾から漂ってくる。

都内よりも一段と不快指数が高いだろう。ジメジメって形容詞がピッタリすぎる。


こんな辺鄙な町にもう2年以上も住んでしまった。ディズニーランドの新エリア工事に関わる事になり、渋谷の家から足繁く通っていたのだが、高速の渋滞やら通勤ラッシュやらが自分のポリシーに反し...ってか嫌になり、ディズニーランドから最短距離の賃貸に引越した。


ディズニー信者からしたらこの立地はまさに聖地。夜には花火が毎日家から観れる。毎日ホールニューワールド。通勤には便利だが、ディズニー好きでもないもんだから、ひたすらに辺鄙であり、苦痛な日々を送っていた。コロナで自粛真っ最中だった頃だからこそ、辺鄙でも諦めこそついたが、健全な社会であれば、こんな町に我慢出来ずにとっくに飛び出していたに違いなかった。


2年以上も住めば少しは気にいると思っていた。「住めば都」ってやつだ。だが、駅まではバスか自転車が無いと行けないし、駅を使う時もネズミの耳飾りをしたパリピとぎゅうぎゅう詰めになって電車に乗るしかなく、不快でしかなかった。

 

 

千葉と言ったらディズニーランド。

千葉なんて、嫌いだ。

そう思って、諦めていた。

 

 

 

そんなある日。

給料が月払いになったことに慣れずに金を使い果たした僕は、まだ6月も半ばというのに月末までどう生き延びようか模索していた。額から流れる汗は、暑いからではない。焦りだ。


ありとあらゆる魔法カードも使えず、ペイペイだかチンチンだかよくわからない電子決済もチャージしてないから使えない。


ついにここまで来たか、と日雇いバイトを携帯で調べた。


今日働ける仕事、仕事、仕事。

 

あった。

舞浜から少し離れたところ、南船橋にあるヤマト運輸だ。

f:id:shirabo:20220624054735p:image
日程を見てみると毎日18時から22時までの4時間で4900円(交通費込)。募集の枠が50人と書いてある。なんて人数だ。時給で1100円。自分の日中の仕事の時給換算の半分以下。こんなんやってられっか。やる訳ないだろ。


とか言いながら、応募を済ませて、仕事を切り上げ、電車に乗り込む。Suicaになけなしの小銭をチャージする。計算するとギリギリ往復できる。今日も京葉線は夕日が綺麗だ。

 

 

 

南船橋駅で下車。キヨスクに立ち寄り、缶ビールを買う。500mlを2本。もちろん、サッポロだ。この季節の酒は恐ろしく、美味い。腰に手を当ててグビリ。グビリ。飲みながら気づいたが、酒を買ったせいで帰りの電車賃が尽きた。まぁ、ヤマト運輸のバイトが終われば、その場で即入金されるので問題なく帰れる。大丈夫だ。


南船橋駅を出てすぐのところにちっさなバスロータリーが。予定通りの送迎バスが来た。ヤマトの定番のマークをつけたマイクロバスだ。乗車するのは僕と知らない人が1人だけ。合ってるのか、これ。


17時ちょうどに扉は閉められ、バスが勢いよく走り出す。運転の荒さっぷりが日本離れしている。きっと海沿いの工場地帯のこの辺りは、一般の車もほとんど通らないからだろう。

 


ワクワクしながら周りを見渡してる僕の姿がよっぽどおかしかったのだろうか。しばらくして先に乗っていた人に声をかけられた。

 


「あら。初めてなんですか?」

 


「あぁっ!そうなんですよ!」

 


よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりに僕は、どんなところなんですかー?とか、面白そうてワクワクしてるんですよー!とか小学生レベルの好奇心全開で質問した。


その人は何度もヤマト運輸にバイトに来ているようで、短時間で稼げること、そして華奢な私でも楽に働けるのだと言っていたのを聞いて、安心した。なにかわからないことが有ればなんでも聞いてください。と親切に言ってくれた。


そんな僕らを乗せたヤマトのマイクロバスはセンターにたどり着いた。


薄暗くなった空に、オレンジのスポットライトを浴びた、潮風で錆びついた巨大な倉庫。ヤマト運輸のセンターはどこか南米のジャングルの中にあるコカインでも作ってる工場みたいな面構えをしていた。


入り口にアサルトを抱えてる兵士とか居たらどうしよう。銃で脅されるのはインドのコルカタだけでもう十分だ。


先に降りる人の後ろをついていく。きっとついて行けばなんとかなる。そう直感した。


入り口で検温、消毒。2階に上がると待機所があった。大量のロッカーとベンチ。ここにこれからたくさんの人が来るのだろう。なんか鬱蒼としていて、アメリカの刑務所みたいな乱雑で汚い感じだ。


日雇いバイトの集合時間が18時。少し早く着いてしまったせいで、暇を持て余すところだったが、一緒にバスに乗っていた人と意気投合してずっと楽しく会話できた。


あっという間に18時に。ヤマト運輸の服装をしたスタッフがメガフォン片手に現れた。体のサイズがアメリカナイズされていて、湯婆婆に魔法にかけられた人みたいなボディだった。QRコードを提示してきて、それぞれがスマホでチェックインする。今時のバイトはスマホで勤怠記録を取れるのだ。

 


「では、今日の作業の方の点呼を取ります。」

 


アメリカナイズが1人ずつ名前を呼び、点呼していく。50人のうち半分くらいが日本人、半分は外国人といったところか。松本って名前の奴がやたらと多くて僕入れて4人もいた。そして揃いも揃ってみんな頭悪そうな顔していた。特にあの金髪ロン毛で頭のてっぺんだけ禿げてる、Tシャツに英文字プリントされてる松本ってのがとびきりだ。松本って名前の奴にロクなやつはいない。

 

 

 

アメリカナイズは体重を二本足で支えられないのか、杖をつきながら、はぁはぁと倉庫内でのルールを伝えていく。

 


18時からは時給が発生しているので私語厳禁、携帯の持ち込み禁止、その他素行が悪い人は容赦なく帰ってもらいますから、とか色々説明していたが、僕はマイクロバスに乗ってた人とずっとベラベラ喋り続けていたせいで、めちゃくちゃ怒られた。

 


もう少しで僕もあの杖で魔法にかけられるところだった。仲良く喋ってくれてた人まで一緒に怒られてしまい、なんだか申し訳なかった。

 


二回目以降の人は説明もそこそこに構内に入っていった。30人くらいか。マイクロバスで乗り合わせた人とはここでお別れとなる。

 

 

 

講習が終わり、続いて書類に氏名、遵守事項のチェック、最後に印鑑を捺して終わりだ。

 


周りの20人くらいがそれぞれ印鑑を取り出した時に、僕は大変なことに気がついた。

 


僕は印鑑を持ってきていなかった。思い返せば確かに、募集規約に必ず印鑑を持ってくること、持参してこなかった人は就労出来ずに帰らせます。と書いてあった。太字で。赤線のラインと共に。

 


やばい。僕は真っ青な顔になっていただろう。たぶん。いや、酒入ってるから赤いか。

 


せっかくここまで来たのに。

いや、それも仕方ない。

 


金がないからバイトに来たのに。

いや、それも仕方ない。

 


一番問題なのは、そう。

 


なによりも、働かないと、

帰る電車賃がない。

 


これはまずい。

 


なんで調子のって酒なんぞ買って飲んだんだ。しかも500mlを2本。アホか。

しかも仕事前に飲む量じゃないだろ。

 


印鑑持って無いことがバレたらまずい。

 

 

 

考えろ、考えろ、僕の脳みそ!

少し考えたところで、ハッと閃いた。

そうだ、ここには4人の松本がいるんだ、彼らから印鑑借りればいいんだな。

 


周りを見回すと、4人いたうちの2人は二回目以降だったので作業に行っていたが、あと1人だけ松本と呼ばれていた奴がいた。よりにもよってあの金髪ロン毛英文字ハゲ松本だ。恐る恐る声をかけてると、心よく印鑑を貸してくれた。シャチハタじゃないぞ、認印だぞ。悪用されたらどうするんだこいつ、でもいい奴だな、悪く言ってごめんな、松本。


そう、松本って名前の奴に悪い奴はいないのだ。


あからさまに印鑑借りてるところをアメリカナイズに観られていたせいで、仕事こそ出来るが、完全に「やばい奴」認定されてしまった。

 


アメリカナイズはなんか紙にメモしてるし、スタッフに耳打ちしてるし。ヤマト運輸のバイトにDQNとか永遠のフリーターとかばっかり来ている中の「やばい奴」認定。ある意味誇らしい。

 

こうして僕はなんとかいくつもの試練を乗り越えて、ようやく仕事を開始することが出来たのだ。

 

「では、手続きは以上です。ここからはスタッフが作業場に案内します。着いていってください!」

 


僕ら新人20名は黒縁メガネのスタッフと3階の構内に入った。

 


ムアッと熱気が身体を包み込む。

外よりも暑い。圧倒的な暑さ。真夏の体育館みたいだ。日中の熱気がそのままこもっていて、倉庫内の気温計をちらっとみると26度。外は多分22度くらいか。この暑さは湿度が相当高いようだ。

 


ざっと見渡す感じ、3〜5人の数名ごとのチームに分かれて作業しているみたいだ。チームごとに扇風機が置かれており、首を振って生温い風を送っている。冷暖房なんて無い。底辺っぷりがすごい。うわあ、来るとこまで来たなって感じだ。ペリカで給料払われたらどうしよう。

 


それぞれに安全靴とヘルメットが支給される。安全靴は世の中の人間の怨み嫉みを具現化した臭いがした。


全員がヘルメットと安全靴を着けたところで黒縁メガネのスタッフの指示で名前が呼ばれ、メンバーが二手に分けられた後、作業説明を始めた。


基本的にはベルトコンベアに乗って流れてくる段ボール、梱包の袋のシリアルナンバーを見て、自分の担当する番号だけ取り出して、決められたケースに入れる、というものだ。


あまりにも大量の荷物が流れてるから流石に機械かなにかでベルトコンベアに載せるのだろう。1人あたりのシリアルナンバーの担当の物流はそれほどでないから、簡単そうだ。


だから基本的にぼーっと眺めてはたまにやってくる自分の番号を見定めて取る。これだけである。二回目以降の人たちの動きを見てみると、それぞれ4、5人で固まってはワイワイ、キャアキャアと会話を楽しみながら作業している。底辺ながらも、楽しそうである。


じゃあ今日は色んな人と話しながら仕事を楽しみますか、なんて悠長に構えていた。

 

「ハイ!ミナサン、コッチキテネ」


東南アジア系のやたらと肩幅の広い女性外国人スタッフがカタコトの日本語で手招きする。


二手に分けられたグループの片方だけ呼ばれている。どうやら僕の入ってる班だ。女性外国人スタッフに導かれるままついて行く。


着いた先は先ほどの倉庫から階段を上がった4階だった。明らかに3階より暑い。冷暖房の無い倉庫は露骨に上の階に上がる度に気温が上がっていた。

 


「ミナサンハ、ココデ、シゴトシテモライマス。」


周りを見回すと、明らかにさっきの3階とは雰囲気が違った。一本のベルトコンベアに外国人ががむしゃらに荷物を載せていた。誰も何も喋らず、というか喋る暇もなさそうだ。というか日本人が1人も居ない。全員がナイジェリア系の黒人とかバングラデシュ人みたいな褐色の人だった。扇風機もグループに1つじゃなくて、この階に一個しか無く、監視スタッフに扇風機が向けられているだけだった。

 


圧倒的底辺。

さっきの3階より底辺だ。

 

どうやら、ここには日本語が使えない人とか、「ヤバい奴」認定された人だけが送り込まれる、「地獄」なのであった。


ベルトコンベアの列に並ばされ、一人一人に大量の荷物が詰め込まれたカートを渡される。僕ら新人は作業員の間にそれぞれ並ばされていく。さっき3階で見たベルトコンベアを流れる大量の荷物は、どうやらここで積んでいたのか。機械じゃなくて人力なのか。まじかよ。

 


あとは分かるだろ?ジャップ。ここは日本じゃねえぞ。って顔でスタッフに睨まれた。

 


多分さっきの女性外国人スタッフしか日本語使わないんだろう。僕はひたすら目の前のカートの荷物をベルトコンベアの上に置いていく。カートの中身が空になるとすぐさま次のカートが運ばれてくる。早くやれば終わる、とかでもないらしい。


暑すぎて身体から湯気が出てくる。それなりに急いでいるのに、周りよりやたら僕だけが遅い。なにかが足りないらしい。監視スタッフが後ろで舌打ちする。


左右を見回すと、僕の左手、ベルトコンベアの下流には150センチくらいの小柄なアジア人、右手上流側には190センチくらいのやたら手足の長いアフリカ人。


それぞれの動きを見ていると自信の身体の特性を上手に生かして、アジア人は背が低いなりに一度にたくさんの荷物を持ち上げてベルトコンベアの上で捌いている。アフリカ人は一個ずつだが手のリーチが長いので早い。


自分の身体能力に合った動きが求められる、ということだ。


僕はその2人のどちらでもないので、2、3個の荷を持ち上げてベルトコンベアの上で捌いた。ちょうど2人の中間的な動きだ。この時あまりにもサイズ間の違う荷物を選ぶと置く時にタイムロスしてしまうが、サイズの組み合わせを揃えることでスムーズに置くことが出来る。


単純な作業なのに、あまりにも奥が深い。


しばらくすると、左右の外国人と引けを取らないスピードで捌けるようになった。更には、カートの中の荷物の形、種類ごとにお互いにカートを交換した。大型で個数が少ないカートはアジア人、やたら個数が多くて小物ばかりのカートはアフリカ人、その中間は僕が担当した。僕らは一心同体だった。言葉こそ発しないし、発しても伝わらないのだろうが、お互いが何を考えているのか、お互いに知り尽くしていた。

 

 

集中していると時間の感覚が麻痺する。いつのまにか、バイト終了の時間になった。ベルトコンベアも一度停止した。


三人がお互いを認め合ったからか、アジア人が僕にウインクして、握手してきた。力強い握手。手汗が酷い。しなきゃよかった。

アフリカ人は感極まってハグしてきた。文化の違いか。汗ぐったぐたのシャツが僕の身体に押し付けられた。しなきゃよかった。

相手に合わせて空気を読むのが、日本人なのだ。


チェックアウトのQRコードを読み込み、入金を確認して、倉庫の外へ。

 


夜10時。外はだいぶ涼しくなっていた。あの倉庫内、暑すぎだろ。

 

倉庫の脇に、ヤマトのマイクロバスが止まっていた。これから南船橋駅に送迎してくれるらしい。行きはあれだけ空いていたのに、帰りは大量の人でぎゅうぎゅうだった。相撲取りみたいな体系のモンゴル人に押されて僕は窓際におでこを押し付けるような姿勢で乗った。バスが走りだす。案の定、荒い。猫バスかよ。

 

窓ガラス越しに倉庫が見えた。

外見からしてヤバいところだと思ったが、想像よりヤバいところだった。

それでも言葉を越えたあの彼らとの交流は、きっとここじゃないと経験できないのかもしれなかった。不思議な体験だ。ヤバいけど、悪くない。そう思った。

 

 

千葉と言ったらディズニーランド。

千葉なんて、嫌いだ。

そう思って、諦めていた。

 


でもヤマト運輸の倉庫に来ると、

ディズニーより不思議な体験ができる。

魔法使いもいるし、松本もいる、色んな国籍や色んな個性溢れるキャラクターがいる。国内に居ながら、海外に行ける。

 

そう、ここはヤマト運輸ランドなのだ。

 


千葉と言ったらヤマト運輸ランド。

千葉なんて、嫌いだ。

そう思ってたけど悪くないかもしれない。

 

 


二度と働かないけどね。

そう呟いて、ビールのプルタブを捻った。