しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

残暑とは ショートパンツの 老人よ

 

 

 

 

残暑とは ショートパンツの 老人よ

 

 

 

1957年の俳句文芸句集に載せられた星野立子の俳句である。残暑のどの辺がショートパンツで、何が老人なのかさっぱりだが、彼女にとってそれが残暑なのだろう。まぁ、ショートパンツの老人みたいに残暑も嫌だってことなのだろうか。

 

 

 

9月某日。立子に想いを馳せながら、ねっとりと肌に纏わりつく湿気の中、僕は東京の上野駅から御徒町の方へ歩いた。残暑と呼ぶにはあまりにも暑い。

 

 

 

この辺りは宝石の街とも呼ばれ、ダイヤモンド通りとかエメラルド通りといった宝石の名前を冠した通りもある。

 


これは昔、上野、御徒町周辺に寺院に収める仏具や飾り物を作る職人が多く、明治維新以後は宝石類を加工する職人が多い街になった。戦後になってからはこの一帯で闇市が多く開かれ、宝石、真珠、貴金属の売買が活発になった。

 


そんな名残りを残して今でも宝石店や質屋が多く店を構えている。が、賑やかさはあまりなく、どこもやや寂れている。

 

 

 

そんな道の角をさらに小道に入り、怪しげなビルの入り口に立つ。いつもの場所。

 


アルファベット一文字だけ書かれた無造作な看板のついた扉の前に立ち、いつものインターホンを押す。

 


いつもの店員に導かれて中に入る。

 

 

 

 


室内はいつものように気の利かない換気扇がくるくると力なく回っている。エアコンは全開に効いていてかなり涼しかった。

 


見覚えのある顔ぶれの男女数組がいつものようにお互いの肉体を貪りあっている。川の字に寝転がり、お互いの性器を咥えている。本能のままに集まっては、獣のように貪りあう。まるで動物園だ。

 


そしてそこに通う僕もまた、ただの獣であることには変わりなく、どうしようもない人間なのだという事実になぜか安堵する。

 


ズブズブ、、と沼に沈んでぬかるみに手足を囚われて、もがけばもがくほど疲れ苦しむが、諦めて力を抜いてみると案外沼の中も心地良いものになってくる。人生なんてそんなものだ。

 


知り合いのパンダがカウンターでタバコを吸っている。知り合いのパンダ、と言うとかなりのパワーワードだが、僕が勝手にこの常連のおっさんをパンダと呼んでいるだけだ。並びの椅子に腰掛けた。

 


そしてパンダの横にはとても図体のデカいデブのご老人が息を切らしながら座っている。何度か店で見かけたことのあるおじいさんだ。

 


どのくらい図体がデカくてやばいのかというと宮崎駿の映画「千と千尋の神隠し」の最初らへんで両親が豚になってしまったときのあれだ。

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もはやモデルがこの人なんじゃないかってくらいだ。宮崎駿もこんなファンタジックな人物を見つけるとはさすが世界のジブリ、アングラのジブリ、である。

 


そしてこのおじいさん、ハプニングバーSMクラブに足繁く通い、大麻をこよなく愛している。

 


吸うと食欲が増してしまうので、吸ってブリブリになっては食べ、吸っては食べを繰り返してこの巨体なのだろう。

 


今日もバッチリ決めてきたらしく、巨体の上に乗っかった頭は終始ぐらぐらと落ち着きがなく、目が虚ろになっている。

 


その容姿とキマり具合から、この界隈では皆おじいさんのことを「ブリブリざえもん」と呼んでいる。ただ、クレヨンしんちゃんのぶりぶりざえもんとは似ても似つかない。

 

 

 

「ブリブリさん、お久しぶりです。」

 


「おぉ、君か。お久しぶり。」

 


「最近はどちらに行ってたんですかね?」

 


「ふぅん、最近はね、バンコクSMクラブで籠に入れられて鞭で凌辱されていたよ。ハハハ。まさに豚小屋だったね。」

 


「あのパッポン通りの?」

 


「そうそう。よく知ってるね。」

 


ブリブリざえもんはそのときの感触を思い出したのか、うっすら微笑んでいる。

 


僕も数年前、あふれる好奇心に突き動かされ、バンコクSMクラブに行ったが、突然鉄の鳥籠に入れられてひたすら鞭を打たれて蝋燭を垂らされるというSMプレイに巻き込まれてしまった苦い思い出がある。

 


自分がマゾスティックではないのだと確信したバンコクの熱い一夜であった。あれは変態の遊びでもあるが、才能がないとダメだ。

 

 

 

「そういえば、タイは大麻合法になりましたよね。ブリブリさん最高じゃないですか。日本も合法化すればいいのにっすね。」

 


僕がそう言うと、横からパンダが話に入ってきた。

 


「いいや、日本は無理じゃないかな。」

 

 

 

 


「えっ、なんでですか?だって合法化して国が生産、販売まで独占してしまえば国税も潤いますよ?タバコ税と同じように。」

 


「君の考えも一理あるんだが、まぁ考えてごらん。大麻が違法だと儲かるのはどこの組織かな?そうだね、警視庁だ。摘発して押収した現金、違反金、罰金、保釈金、いくらでもある。それが合法になるとどうなる?国営の場合例え国が潤っても、警視庁の資金は潤わない。同じ国のことなのに、管轄が違うからだ。もちろん、それだけが理由じゃないけどね。」

 

 

 

「でもそんな、善悪では無い、ただの役人の金儲けの為の法律とか、都合が良いだけの為のルールってあるんですか?」

 

 

 

 

 

 

「君は何も知らないみたいだね。例えばどうだい?1862年リンカーンが打ち出した奴隷解放宣言。自由だ平等だなんて言っているけど、あれは単純に北部の仕事のほとんどを黒人奴隷に奪われてしまい、白人が仕事にありつけなくなったからだ。それに対して農業が盛んな南部では奴隷制度がないと仕事が成り立たない。南北戦争が勃発し、北部の勝利となった。」

 


ブリブリざえもんはさも退屈そうに欠伸して、自前のポーチから何か探している。

 


パンダが続ける。

 


「他にもそうだな、禁酒法1920年に制定された。健康とか社会的になんてのは綺麗事で、第一次世界時その時米国にとって敵国だった独国が主にアルコール製造業を営んでいたのだが、それを潰す目的があった。更に職にあぶれた役人達に仕事を与えるためにも酒の取締りはもってこいだったわけだ。酒が健康を害するとか善とか悪とかで法律が決まっているんじゃない。その時代の『都合』だよ。」

 

 


パンダが語っている最中、ブリブリざえもんは話に興味がないのか、はたまた理解できないのかわからないが、持っていたアダルトグッズを手で弄んでいた。金属の棒状のものにいくつもの真珠が着いていて、キラキラと光を反射させて輝いている。

 

 

 

 


「ブリブリさん、なんです?それ。」

 

 

 

「これはね、アナルパールだよ。御徒町にはたくさん真珠があるだろ?作ってもらったんだ。」

 

 

 

 


棒に装着されている真珠は、先端こそ小さいが、根本にいくにつれてだんだんと大きくなっており、頭おかしいくらいのサイズまで着いている。しかしながらその精巧な造りは確かなもので、御徒町の宝飾品の職人の技量の高さを窺える。

 

 

 

「ブリブリさん、それって、根本までいくんですか…?」

 

 

 

「もちろんだとも。君は、車のアクセルを思いっきり、ベタ踏みして走りたい、そう思ったことはないかい?」

 

 

 

 

 

 

 


話を遮られて少し不満を持ったパンダが、少しの沈黙の間を縫って続けて語りだした。

 

アメリカの話ばっかりで申し訳ないね、そうだね、例えば日本ではリサイクル法があるね。地域によってリサイクルの品目の種類が全然違うだろう?処分場の問題などももちろんあるが、予算のある市町村ほど品目が少ない。リサイクルの品目が多いのは環境保護を建前にした雇用の確保だ。実際に資源を再利用して物を作ろうとすると、新たな資源から作るよりもコストが掛かってしまう。コストがかかるということは結果的に環境保護には繋がっていないというこ…」

 

 

 

「グゥぅ、あぁ!」

 

 

 

パンダが語っている最中、ブリブリざえもんは遂にアナルパールを自身のアナルに突っ込んでいた。聞いている話と目の前で起きている出来事があまりに乖離していて、僕はついていくことが出来なかった。周りの客も行為を止め、ブリブリざえもんのアナルに注視する。

 


ひと時の沈黙。

 

 

 

 


一個、また一個と真珠がブリブリざえもんのアナルに沈み込んでいく。ウミガメの産卵シーンを逆再生しているかのようだ。

 

 

 

 


そうこうするうちに最後の巨大な真珠まで、ぐぐぐっ、と、アナルの深淵に吸い込まれていった。恍惚とした表情を浮かべるブリブリざえもんの表情には一点の曇りもなかった。老体にどれだけの負荷が掛かっているのかわからない。だけど、このまま死んでもいいってくらい穏やかな顔だ。

 


パンダが呟いた。

 

 

 

「まさに、豚に真珠ですな。」

 

 

 

 

 

 

 


起承転結、さて全てが丸く収まったと、言いたいところだが、ここからが大変だった。根本まで入ったアナルパール、これが抜けなくなってしまったのだ。

 

御老体のアナルサイズの限界を超えて入ったものの、Uターンすることが出来なくなってしまった。ブリブリざえもんが必死に股を開いて引っ張っても、アナルパールはビクともしない。

予想外の展開にブリブリざえもんも恐怖の色を隠せない。冷や汗を全身にかき、大麻も抜けているみたいだ。

 


「いやぁ、これは参ったね。君、私のアナルからアナルパールを抜いてくれないかい?

 

 

 

絶対に頼まれたくない依頼を、僕の目を見ながら言ってきた。絶対に絶対に嫌だ。が、このままではあまりにも可哀想で、そのまま立ち上がるとアナルパールの持ち手の丸まったところがちょうど豚の尻尾のようになっている。まぁお似合いっちゃお似合いだけど。

 


しょうがない、と僕は四つん這いのブリブリざえもんのアナルに刺さったアナルパールに両手を掛け、力の限りグィッっと引いた。

 

このまま抜けてしまうと僕は後ろにひっくり返るくらいの勢いなのだが、それでもアナルパールは抜けなかった。ブリブリざえもんも「グヌゥゥゥヴヴ!!!」と激痛に悶えている。

 


パンダも参加して僕と一緒に引っ張った。

 


「グヌゥゥゥヴヴゥゥゥ!!!」

 


更に痛そうだがパールはちっとも抜けない。

更に3人加わり5人がかりで引いてみた。まだ抜けない。皆汗だくになりながら困り果ててしまう。

 


その時だった。

 


「ほら。これ使いな。」

 


マスターが潤滑油を渡してくれたのだ。俗に言うローションである。

 


大きく「ぺぺ」と書かれたローションボトルをブリブリざえもんのアナルに当てがい、ドバドバかける。デロッデロになったアナルが七色に光っている。

 

 

 

「みんな!いくぞ!」

 


僕はみんなを鼓舞した。これなら抜ける。必ず抜ける!

 

 

 

せーのっ!

 


っと引っ張ったところ、ローションを塗りすぎたおかげで手が滑り、まともにアナルパールを引っ張ることすら出来なくなった。勢いあまってみんなで後ろに転んでしまった。

 

 

 

 

 

「アナルパール、抜けました?」

 

 


よほど疲労したのか、しゃがれた声でブリブリざえもんにそう聞かれた僕は、

 

 

 

 

 

 

「はい。ブリブリさん。抜けましたよ。」

 

 

 

と、ちょっとだけ、小さな嘘をついた。

 


店の閉店の時間になり、客も僕も、パンダも、ブリブリざえもんも、そそくさと身支度を整え、店を後にした。

 

アナルパールは外れないので、ブリブリざえもんには悪いが、あのまま残りの余生を生きてもらう事にした。

 

 

 

 

外は夜になっても蒸し暑い。

 

せっかくハプニングパーに来てるのに、なにが面白くて老人のアナルでこんなたくさん汗かいて、疲れないといけないんだ。

 

僕は本当にウンザリした。

 


帰り道のダイヤモンド通りのギラギラと輝いているネオンを観ながら、ここで一句。

 

 

 

 


残暑とは アナルパールの 老人よ

 

 

 

 


今年はまだまだ暑い日がつづきそうだ。