しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

Pokemon LEGENDS と湯島のダイアモンド&パール

ポケモンマスターに、俺はなる!

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 というセリフでお馴染みの大人気ゲーム『ポケットモンスター』の新情報が2月27日、ポケモン公式YouTubeチャンネルで発表。

2006年9月に発売されたニンテンドーDS用ソフト「ポケットモンスター ダイヤモンド・パール」のリメイク版『ポケットモンスター ブリリアントダイヤモンド』『ポケットモンスター シャイニングパール』が、ニンテンドースイッチにて今冬に発売されることが明かされた。

また、新作『Pokemon LEGENDS アルセウス』が2022年初頭にニンテンドースイッチで発売されることも発表された。

 

そんなニューストピックスをスマホでチラリと覗きながら、僕は角ハイボールを流し込んだ。

コロナだの自粛だのと騒がれている昨今からは想像も付かないような賑わいをみせる東京、上野。

アメ横の市場には沢山の旅行客から地元の人間、ケバブ売り付けてくるトルコ人(多分パキスタン人)がひしめき合う。

アジアの熱気が大好きな僕にとっては国内で手軽に来れるこの場所が大好きだ。

そんなアメ横の一角にある萎びた名もない居酒屋で、酒の飲み過ぎで萎びた僕と萎びたメザシの頭にかぶりつく職場の先輩。僕が空になった角ハイボールのグラスを手に掲げると気の利いた中国人の従業員がスっと新たな角ハイボールを持ってくる。

先輩のビールの進みがいつもよりだいぶ遅いことに気がついた。もしかして具合でも悪いのだろうか?僕は先輩に尋ねた。

 

「サトシさん(仮名)、体調でも悪いんですか?」

 

『ううん、いや、違うんだ。、、実はな、』

 

少しの奇妙な間が空いた。緊張感。耐え切れなくなり角ハイボールを啜る。

 

『実は、最近これがダメなんだ。』

 

そう呟くサトシさんがおもむろにポケットから取り出したのは、なんとゲームボーイゲームボーイポケット)だった。

1996年に任天堂から発売された、もう25年も前のゲーム機である。深刻な顔をしてなに言ってんだこの人。そう思っていると、更に話が始まった。

 

『もう少し!もう少しなんだ!なのに、ポケモン図鑑が完成しない。』

 

サトシさんの握っていたメザシの胴体が、手の内からするりと力なく抜け落ち、油ぎった店内の床に落ちた。未来が見えないんだって言い出しそうなくらい絶望的な顔をしていた。

 

ポケットモンスター、すなわち‘‘ポケモン‘‘について知らない方の為に軽く説明させて頂く。あるインフラの整っていない町の青少年の主人公が近所の老人科学者にそそのかされて、野生に生息する動物を無作為に捕獲し、調教する。その生き物をポケットモンスター(懐に所有する生物)と呼び、その所有者をトレーナーと呼ぶ。そしてトレーナー同士でお互いに調教の済んでいるポケモン同士を互いに怨恨も無いままに戦わせる。そうして自分のポケモンがあいてを倒せば勝ちであり、金品の授受やジムマスターとしての地位が与えられる。そして全国に生息するポケモンを全て捕獲し図鑑上にある生物を全てコンプリートすることを‘’ポケモンマスター‘’と呼ぶ。完全に人類至上主義的で道徳心の無い作品だと僕個人は認識しているが、とても人気の高いゲームだ。

サトシさんが持っているのはそのポケモンシリーズでも初期のゲームのポケモン緑だ。

 

「えっどうしてですか?図鑑が完成しないなんて。」

 

『最近、実はな、興味がなくなってしまったんだ。後もう少しのところまでポケモンのレベル上げでの進化から、他のカセットとの通信交換、そこまでも完璧な計算の上でこなしていたのに、図鑑完成間際で、完成させる気がなくなってしまったんだ。だったらやらなきゃ良いだけなのに、やらないといけない気になっていつもどうしてもゲームボーイを持ち歩いてしまうんだ。』

 

おそらく誰もが一度は経験しているかもしれない。

慌ただしく取り組み続けた職場でのプロジェクトが完成間際になって、なんだか気が抜けてしまったり。

試験前日になって試験勉強に身が入らなかったりするときのように。

写真がすごい可愛くて指名して散々待合室で待たされた挙句に地雷嬢を引いてしまったときのように(これは違うか)。

ゴールが見えたことでの気の緩みなのか、はたまたゴールが見えてしまったことで起きる強烈な虚無感、、、くだらないと感じてしまう気持ち。もしかしたらそんな感情をサトシさんは無意識の中で感じているのではないか。

 

更には‘’完璧にクリアしなければいけない‘’という完璧主義のようなもの、例えば読んでいて途中でつまらなく感じる小説も、半ば義務感のような気持ちで最後まで読み切ろうとする気持ちとか、

少しだけ掃除するつもりが止まらなくなり家中の掃除をしてしまったりする時の気持ちとか、

風俗で射精するタイミングを間違えて結構プレイ時間が残ったものの頑張って賢者タイムなのに風俗嬢とトークしてみたり(これも違うか)。

 

そんな煮え切らない感情も合い重なっているのではないか。

 

そうだったのか。サトシさんは苦境に立たされているのか。そんな心境の中にいるのにこんな僕なんかの誘いで一緒にこんな萎びた居酒屋で酒を一緒に飲んでいてくれていたなんて。感謝しかない。

 

僕が、サトシさんを助けないと。

うん、まずはサトシさんが抱いている完璧主義、これを打ち砕いてしまえば、ポケモン緑のポケモン図鑑コンプリートを辞めることへの罪の意識も無くなるんじゃないか。

今時ゲームボーイなんかやってたってなんの意味もないってこと、教えてあげるんだ。よし、それで行こう。

 

「サトシさん」

 

項垂れるサトシさんがテーブルから顔を上げた。

 

ポケモン、また新しいソフトが出るみたいですね!なんでも、リメイク版だとか、」

 

『…。』

 

「サトシさん。人も、時代も進化し続けています。そして、ゲームも。勿論、昔のゲームが面白いことはわかりますが、ずっとそこに固執していては前に進めないのではないでしょうか。ポケモン緑を完全に攻略する事よりも、まだプレイしたことのないゲームに挑戦することの方が良いのではないですか?」

 

しばらくの沈黙。サトシさんは手に握りしめたビールのジョッキを持ち上げ、ひと思いに喉に流し込んだ。口に白い髭をつけながら、答えた。

 

『そうだな。その通りだ。過去にしがみつく必要など、ないのだ。』

 

にっこり笑うサトシさんの顔はまるで少年のようだった。まあ、悩む内容がかなり少年すぎるのだが。

それから僕らは、次にやりたいゲームは何か?の話題に入った。やはり、ポケモンの他のシリーズが良いのでは?という結論に至った。

 

『俺、新作のポケモンがしたいんだ。あの、ダイアモンドとパールのリメイク。』

 

「うーん、しかし発売はまだ先ですよ。確か来年ですよ。」

 

せっかく、サトシさんの気持ちを晴らすことができたというのに、現実は厳しい。あの少年のように笑ったサトシさんの表情がだんだんと翳り出した。このままでは大変だ。

とりあえず、飲んで盛り上がりましょうよ!そう声をかけようとした、そのときだった。隣にいたおっさん連中の会話にある興味深いワードが浮上したのである。

 

おっさんA「そうそう、初めてだったんだよ、ダイアモンド。最高だったよ。」

 

おっさんB「そうだろ?ゲヘヘ。最後までできるもんな。」

 

ダイアモンド!??その言葉を耳にした僕らは驚き、互いに顔を見合った。間違いない。確かに言った。ダイアモンドと。一応尋ねてみる。

 

「えっ、すいません。ダイアモンドって知ってるんですか?」

 

おっさんB「え?知ってるよ。ダイアモンドとな、パールって言うんだ。新しくできたんだ。ゲヘヘ」

 

ダイアモンドにパール。そして新作ということが的中。このおっさん連中の話はポケモンで間違いないらしい。そして何故か、このおっさん連中はすでに発売前なのにプレイしているらしい。でも何故だ!!?もしかして、発売前の体験版とかそういうやつを軽くプレイしただけなのか?謎に包まれていると、遂にサトシさんがグイッと身を乗り出して尋ねた。

 

『もうプレイってしてるんですか?』

 

おっさんA「ウヘヘ、もちのろんよ。ダイアモンドはプレイしたから、今度はパールだな。」

 

「ちなみに、それっておためしだけってやつですか?ソフトですか?」

 

おっさんA「なぁに言ってんのよ兄ちゃん。そんなので満足するわけないでしょ!モ・チ・ロ・ン最後までプレイしたわい!まあ、ハードかソフトかっていうとソフトだね。」

 

ここまで凄い情報を手に入れてしまった僕とサトシさんはもう、鼻血でも噴き出さんばかりの大興奮状態になった。

お試しのサンプルダウンロードとかじゃない。最後までプレイできるのだ。そしてSwitchとかのハードにダウンロードしたのじゃない、ソフト版だそうだ。

こりゃあもう、何がなんでもプレイするしかない!ポケモンマスターになれる!と意気込むサトシさんは生気に満ち溢れていた。

 

『おっさん!!すまん、ぜひ俺にも教えてくれ!!』

 

おっさんB「ゲヘヘ。若いもんは元気だねぇ。じゃあ今からついてきな!」

 

そう言って居酒屋を出るおっさん二人。え?出るってどういうことだ?

 

「え?どこに行くんですか?」

 

おっさんA「どこって、あたりめえだろ!買いに行くんだよ!湯島にある!」

 

なるほど。手に入る店が湯島にあるということか。それなら販売店の場所はゆっくりGoogleマップで調べながら角ハイボールの残りでも飲みますか!なんて思ったときだった。サトシさんがいきなり立ち上がった。

 

 

『俺は、いく。』

 

「えっ、お酒、飲んでから行きませんか!?」

 

『いやいいんだ。酒よりも大事なことがあるんだ。』

 

「えっ、それって…。」

 

ポケモンマスターに、俺はなる!』

 

そう言い残したサトシさんは飲み代をテーブルの上に置き、おっさん連中の後を追っていった。

 

飲みかけのビール。千切れたメザシ。埃っぽい店内に残る僕。

 

あの歳で『ポケモンマスターに、俺はなる!』はだいぶ問題があるが、それでも目標に向かって進んでいくサトシさんの後ろ姿は、カッコよかった。角ハイボールが美味しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数週間が過ぎた。久しぶりに上野、アメ横で会ったサトシさんはとても和かな表情だった。

萎びた居酒屋で乾杯をし、あれからの様子を聴いてみた。

 

おっさん連中がサトシさんを連れて行ったのは、湯島にある「ダイアモンド」「パール」という名前の中国人エロマッサージ店(いわゆるチョンのま)だったらしい。

お店が改装されて「新しく」なり、ハードかソフトかっていうとソフトなサービスらしい。

そしてモ・チ・ロ・ン最後まで(本番行為)プレイ出来てしまうのだとか。

買いに行く、というのは、「女を」買いに行くということだったのだ。

なるほど。おっさん連中との会話が絶妙に噛み合った、ということだ。

結果としてポケモンがプレイできなかったのだが、現在のサトシさんは湯島の「ダイアモンド」「パール」に連日のように通いつづけて遂に、店の中国人女性全員と遊んだ。サトシさんはやはり、完璧主義者だったのだ。巷では『湯島のポケモンマスター』とまで称されているらしい。

 

「すごいですね、サトシさん。湯島のポケモンマスターだなんて。…お店の女の子制覇した今、これからはどうするんですか?」

 

意気揚々と生ビールを飲み干すサトシさん。自信に満ち溢れている。

 

『そうだな。他の地方のポケモンも制覇しないとな。東京だけでもまだまだ店はゴマンとある。』

 

「えぇ‼︎?それってつまり…」

 

ポケモンマスターに、俺はなる!