しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

修正の向こう側を考えるとウクライナ情勢が視えてくる

 


都内某所。日差しが肌に突き刺さる。蝉の鳴き声は聞こえなかった。

 


いつもの場所に行き、いつものインターホンを押す。会員制のハプニングバー。外観からはどう見ても分からない。この秘密基地感が好きなんだと常連の一人が言っていたことを思い出す。

 


中から解錠され扉が開くと同時に、そそくさと中に入る。埃の匂いが鼻腔をつく。2階のカウンターへ行く。複数人の男女がカウンターに座り、4人の男女がその奥のスペースでとんでもない格好で絡み合っている。カウンターの空いた席に腰掛け、ハイボールを頼んだ。

 


たまに話す隣の常連の男の名前は忘れた。が、禿げ上がった頭の両脇にだけ残った髪の毛がパンダの耳のようになっていて、密かに僕の中で彼のことをパンダと呼んでいる。

パンダはいつになく難しそうな顔で煙草をふかしている。

 


「どうしたんですか?なにか悩み事でも?」

 


パンダがフッとほくそ笑む。キザな仕草というのはイケメンがするとそれなりだが、パンダみたいな残念な面持ちだとただのコミュ障になる。

 


「いえ、それほどのことじゃないんですがね。」

 


キザなパンダは深く煙草を吸い、宙にゆっくりと吐いた。それから話を始めた。

 

 

 

 


パンダが行きつけにしている吉原のソープがリニューアルされた。入り口も真新しくなり、キャストも半分以上が見知らぬ嬢に代わっていた。それはパンダにとって新しくなる喜びよりも、見知らぬ何かに変わってしまった一抹の悲しみを感じさせた。

 


ただ、相変わらず店の受付のおじさんは変わらなかった。白毛と金毛の入り混じった髭を触りながら喋る癖のあるおじさんだ。

 


このおじさんに勧められた嬢を90分20000円で指名したらツタンカーメンみたいな女が出てきてしまった過去があるので、迂闊におじさんのおススメに手を出さないことをパンダは身をもって知っていた。

 


ある日、リニューアルされてからまだ一度も足を運んでいなかったパンダは、久しぶりに店に入った。おじさんは相変わらず髭を触っていた。また騙されやしないか、いや、もう騙されないぞ。握る手に力がこもる。

 


髭を触っていたおじさんはは髭をもてあそぶ手を止め、何も言わずに数枚のカードを取り出し、受付カウンターの上に並べた。

 


そこには、清潔感のある白い部屋の背景で撮影された嬢の写真が並べられていた。どの嬢も清楚過ぎず、かつ卑猥過ぎない絶妙なバランスのランジェリーを身につけていた。どの嬢も鼻梁の整った顔、申し分のない胸、くびれのラインと続き、スレンダーな生足と、ヒール。なんだ、どの子もアタリじゃないか。そう思ったパンダは適当な嬢を選んだ。

 

 

 

 


「…それが、間違いだったのだよ。」

 


根本近くまで灰になった煙草を灰皿に押し付けながら、パンダはまた続きを語りだした。

 

 

 

受付で金を払い、案内を受けると、廊下で嬢が待っていた。そこには先程のカードとはまるで違った嬢がいた。なんだ?魔法でもかけられたのか?鼻は低く、腹は出ていて、足もどこからが太ももでどこまでが足首なのか判別がつかない。そして愛想もなく、早くこっちに来いと言わんばかりの一瞥をパンダに向けてきた。

 

 

 

 


「…とんだ地雷でしたね。」

 


僕はなんて気の毒なんだろう、という表情を意識して言った。パンダは、でも案ずるな、と言いたげな顔で言った。

 


「だがな、胸は写真通りだったんだ。」

 

 

 

「というと?」

 

 

 

「爆&乳だったってことさ。」

 

 

 

「…そうでしたか。」

 

 

 

 


先程から絡み合っている4人組は女をカウンターの上にM字開脚の姿で座らせ、順番にクンニリングスしている。パンダは話を続けた。

 

 

 

 


「なぁ君、不思議だと思わないか?」

 

 

 

「えっ?なんです?」

 

 

 

 


「なんで世の中、本当の姿が分からなくなっているんだろうなって。」

 


パンダは新しいタバコに火を着けると、聞くとも言ってないのに、語り出した。僕は放置して隣の乱交に混ざるべきでは?と戸惑ったが、パンダの話の続きが気になってしまった。

 

 

 

 


本当の姿が見えない。これはなにもソープランドの写真の話だけじゃない。世の中のあらゆる出来事がありのままに表に出ることはない。政治、戦争、感染病。メディアに上がる全ての情報はある一つの視点からの意見、情報に過ぎないと言う事だ。

 


情報操作。プロパガンダってやつだ。誰かにとって都合の良い情報だけを流すことで利益を得る奴がいる。

 


ソープランドでいえば、嬢の写真は加工と修正で綺麗に写りすぎているけれど、これは店が利益を得る為に客を1人でも増やそうとしているに過ぎない。

 

 

 

 


「えっ、でもそれがお店側にとっては当然では?」

僕は思わず聞き返した。

 

 

 

「そう。君の言う通りだ。だからプロパガンダはなくならない。だが、それで世の中は正常になるだろうか?」

 

 

 

 


2022年2月24日。ロシアがウクライナに対し侵略を開始。NATO側に着くことを考えるウクライナ側とロシアと関係の深い東ウクライナの住民を守る為だと称したロシア側の衝突が始まった。

 


単純な考え方でいくとロシアが一方的にウクライナに理不尽な攻撃を開始して、ウクライナの国民が戦争に巻き込まれていると解釈出来るし、実際世の中のメディアのほとんどがウクライナを味方し、ロシアを、そしてプーチンを叩いている。

 


どちらが善で悪か。という結論の話では無い。ただ、ウクライナの戦争の情報は完全にプロパガンダであり、誤情報も多い。現在の戦争の勝ち負けは戦地でどれだけ敵を倒したかではない。どれだけ世界の評価を得られるかだ。そらは過去の戦争に起因する。

 


第一次、第二次世界大戦においては各国の視察官のみが戦地の見聞をすることができた。この頃にはプロパガンダというものは敵対する国同士での「作戦」であったに過ぎない。国内の士気を高めたり、敵国にフェイクニュースをばら撒くといったところだ。

 


それから戦争の在り方を一変させたのが、ベトナム戦争。初めてテレビメディアが戦地を世界中に報道した際、米軍が散布した枯葉剤に世界中の非難が高まった結果、米国は撤退を余儀なくされた。メディアによる米国の負けである。これ以降、世界は冷戦を繰り返しながら常にメディアを使ったプロパガンダ合戦に突入している。

 


「戦争中はプロパガンダ合戦になっているのを世界中の人は分かった上で観ているんだ。日本人は平和ボケしているから、そのまま鵜呑みにする。第二次世界大戦の時と何も変わっちゃいない。」

 


「つまりあなたと一緒でパネマジにやられる訳ですよね。」

 


「やられてない。爆乳だったから。」

 


「そうですか。」

 


爆乳の感触を思い出すかのように胸を揉む仕草をしながら、パンダはまた語り出す。

 

 

 

ウクライナ国民がロシア軍にやられている。というニュースだけ聞くと、なんてロシア軍は残酷なんだ。無抵抗の国民を。と思うだろう?だが実際は違う。ウクライナでは総動員による徴兵を行い18〜60歳の男性は全て国内にとどまり、ロシア軍と戦わなければならない。これはウクライナが特殊な訳ではなく、徴兵制のあるスイスや韓国でも同様のことが起きる。

 


火炎瓶を持って戦いに臨むウクライナ人に対して、ロシア軍が発砲、射殺するのは当然だろう。撃たなきゃ自分が死ぬからだ。ジュネーブ条約では火炎瓶での戦闘は地上から直射できるものに関しては制限が無い。

 


そしてウクライナの戦闘市民は撃たれて死ぬと、善良な市民と同じ骸になる。メディアは一方的に殺戮を行ったロシアを叩く。

 

 

 

「だから肝心なのはな、修正の向こう側を考えることなんだ。戦争の話だけじゃない。世の中のありとあらゆる情報は誰かが目的を持って修正している。それを踏まえて考察するんだ。そうすれば、修正の向こう側が視えてくる。」

 

 

 

「そんなことより、ウクライナ女性って美人ですよね。」

 


「最&高。」

 

 

 

 


パンダの長い話を夢中になって聞いていたせいで、乱交していた男女の絡みは既に終わっていて、皆脱力した顔で天井を見つめていた。これから僕もいいですか?という雰囲気には到底思えず、今日は帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

マスターに声を掛け、

表へ出た。

日差しはまだ強烈で、

蝉の声も聞こえてこない。