しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

まさはる流フランス語学習〜パツキンパイパン〜

 

ガソリンが181円になったり、正社員がリストラに遭ったり、非正規雇用がまかり通ったり、空前絶後の円安で世はまさに世紀末。今回はそんなSFみたいな時代のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2月の東京。港区。

 

ビル風がダウンジャケットの中にまで忍び込む。通りを歩く人々が少しでも体温を奪われないように、首元のマフラーを締め直す。

 


気温は10度を切っていた。真面目に仕事なんかやってられない。頭がクラクラする。

 


僕は現場を一回り歳上の先輩と仕事中に抜け出し、冷えた手をさすりさすり、コンビニで買ったハイボール啜りながら、歩いているOLのバストサイズを当て合う遊びに興じるという酔狂な遊びをしていた。服の膨らみ、揺れ具合、アンダーとの差異…必要な情報は無数にある。

 

 

 

 


なんてくだらないことを、なんて思う人もいるかもしれないが、これは非常に必要な事なのだ。

 

 

 


目測や感覚で測れないと料理の味付けがめちゃくちゃになるし、大谷翔平の投げる球も打てないし、戦争では標的との距離の目測を誤ると死に繋がる。曖昧なものを大まかに、されどもより正確に測る事は大切で、日頃の鍛錬が重要なのだ。つまりおっぱい当ては鍛錬なのだ。

 


「…D…ですね。」

 


「いやいや、松本くん、あれはCだよ。」

 


先輩と意見が食い違う。

でもあの膨らみ具合、どうもCには見えないのだが、ハイボールで酔いが回ったのか?

 


不満そうな表情の僕を見た先輩は、まるで子供を諭すように優しく教えてくれた。

 

 

 

 


「あれはね、松本くん。パッドが入っているんじゃないかな?ほら、体の全体のバランスを見ると、どうだい?不自然だろう。だからCなんだ。」

 

 

 

 


「先輩…ありがとうございます。」

 


「まっ、豊胸の場合はDになるけどね。」

 

 

 


先輩はそう語りながらIQOSを吸い、息を吐いた。なんて頼れる先輩なんだ。まさか直接的な造形ではなく、その中のパッドまで見破ってしまうなんて。

 

 

 

それからしばらくハイボールを飲み、いくつかのOLのバストを当て続け、神経を研ぎ澄ませながら、たわいもない話をした。僕は先輩に尋ねた。

 

 

 

「先輩、これからも現場の仕事やっていくんですか?」

 


「うーん、どうだろうなぁ。今は一時しのぎで働いているから、ずっとは続けないね。…松本くんはどうするんだい?」

 


「いやぁ、わかんないっす。このまま続けるのかなぁ。」

 


そんな曖昧な返事をする僕を心配したのか、先輩は僕に言った。

 


「松本くん。いいかい、これからの時代はね、同じ会社に長くいれば給料が上がるわけでもない。むしろ、同じ状態を維持するだけでも、下がっていくんだよ。」

 


「えっ?なぜですか?だって、給料があがらなくたって、せめて一定の給料ですよ??」

 


僕は思わず質問で返した。

 

 

 

「いいかい、松本くん。日本はいま、円安なんだ。そしてそれは経済的サイクルの円安なんかじゃない。貧しくなっているんだ。僕たちは日本の中だけで生活しているから気づきにくいかもしれないが、ゆっくりと、確実に日本は衰退している。少子高齢化の国に投資する国はいない。そうだね、円安なら輸出産業は儲かるが、輸出のメインだった車も電気自動車が流行る今、もう終わりだ。」

 


先輩がおっぱいの話からいきなり、「君たちはどう生きるか」みたいな話をしてきた。すごい変化球だ。しらんけど。

 


「えっ、じゃあどうすりゃいいんですか?うぅ、そりゃあ自分で考えろって言うかもしれないですけど、アドバイスくらいくださいよ!」僕はすがる思いで先輩に尋ねた。

 


「日本人なんだから海外で寿司でも握ればいいんじゃないか?」

 


「いやいや、真面目に答えてくださいよ。」

 


「松本くん、僕は至ってマジメだよ。まぁ、そうだなぁ、寿司は置いといて、海外に移住を考えた方がいい。なによりも、住んでいる場所で人生を決めてしまうのはもったいない。そうだろう?せめて今はまだ日本にいるのなら、語学だけでも学ぶべきだ。」

 


先輩の言葉を聞いて愕然とした。なんたって僕は学生時代、英語とか外国語なんて使う予定ないわ!と啖呵をきってテストも白紙で出し続けていた人間だったので、学年で英語はビリッケツだった。それを今更勉強?無理だ、無理。

 


「いやぁ、無理ですよ。僕には向いてません。」

 


「松本くん、諦めちゃだめだ。いいかい、これからは必要なんだ、だってね…」

 

 

 

「無理なものは無理なんですよ!」

 


僕は思わず先輩の言葉を遮って叫んでいた。無理だ。そんな綺麗事いったって、無理だ。

 


先輩が吸い切ったIQOSのフィルターを抜いて、小さく息を吐き、こう言った。

 

 

 

「松本くん、外国人のエロ動画とかは見るかい?」

 


「観ます。」

 


「どこの国の人が好きかい?」

 


「フランス人です。」

 


「パツキンの?」

 


「そうです。パツキンのパイパンです。」

 

 

 

 

 

 

先輩がニヤッと笑ってこう聞いてきた。

 

 

 

「じゃあもし、そのパツキンのパイパンとワンチャンできるとしたら?」

 

 

 

「パツキンのパイパンとワンチャン…」

 

 

 

 

 

 

 

 

この日から、僕のフランス語学習が始まった。

 


過去のジレンマもレッテルも、

 


フランス美女のパツキンパイパンワンチャンを思えば、些細なことだった。

 

 

 

 


スマホで簡単にできる勉強から始めることにした。Duolingoというアメリカの語学学習アプリを使って、毎日、少しずつ続けることにした。大概習慣を身につけられない人は最初からいきなり何時間も勉強してみたりするから続かない。そう、ちょっとだけを少しずつ。これが基本だ。

 

 

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この着色料全開の不味そうな鳥と毎日顔を合わせる事になる。鳥貴族行きたい。

 

 

 

 

 

 

フランス語を学ぶ時に最初にぶつかるのが発音だ。英語と同じアルファベットを使うのだが、英語で学んだアルファベットの発音と全然違う。

 


ABCDEFGHを

エービーシーディーイーエフジーエイチ

と発音する英語に対して

 


ABCDEFGHをフランス語では

アーベーセーデーウーエッフジェアッシュ

と呼ぶ。もう意味わからん。

 

 

 

そして途中から始めたのが仏検

 

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仏様の検定かと思ったわ。

こちらも5級の優しい単語から覚えられますって書いてあったけど全然優しくない。とりあえず合間に少しずつペラペラ覗く程度。

 


全然わからない。不安と焦りが高なっていく。

 


このままじゃパツキンもパイパンもワンチャンも無いのでは?と恐怖に襲われて眠れない夜が続いた。

 

 

 

そんな恐怖に変化が訪れたのは、勉強を始めてから数ヶ月したある日の事だった。

 


いつものように仕事をサボり、近くの公園でハイボールを飲みながらおっぱいを眺めていると、公園にいつもと違う人がいることに気づいた。

 


明らかに社会と乖離した雰囲気を纏っていつつ、片手にはストロングのダブルレモンの500mlを握りしめたおっさんがいる。

 

 

 

こんな昼間っから酒飲むなんて人として終わってるな!明らかに剛の者だ。僕は溢れ出す好奇心で早速おっさんに声をかけた。

 


「おー!キミもノンでるのかい?」

 


颯爽と乾杯を決め込み、二人でズズズッと酒を啜る。カタコトの言葉使いと彫りの深い顔立ちからみて、どうやら外国人のようだ。

 


「コンナ、平日からノンデル日本人は、ハジメテアイマシタ!今日はイイ日デス。」

 

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と語る彼の名はジョン(55)。フランスで軍関係の仕事をしており、現在は日仏防衛協力の関係で自衛隊との交流があるらしい。仕事のシフトを聞くと週三日勤務という素晴らし過ぎるシフトだった。そりゃあこんな昼間っから酒飲めるわな。

 


せっかくフランス人おっさんと出会ったのだから、とこちらもカタコトのフランス語で話すとジョンはいたく感動したようで、ストロングゼロをグビグビと飲みだした。シンプルに母国語に興味を持ってくれているのが嬉しいらしい。

 

 


「ナゼ、フランス語をマナンデいるのですか?」


とのジョンの質問に対し、

 

 


「それは、パツキンでパイパンでワンチャンだからです。」

 

 


と僕が答えた。

 


「C'est trés bien!」

(素晴らしい!)

 

 

僕とジョンは涙を浮かべながら熱い抱擁を交わした。日本とフランスの同盟の絆はより一層深まったはずだ。

 

 

それからまたしこたま飲んで、二人のストロングゼロの缶が何本も空になった。

 

 

 


それからというもの、定期的に僕が会話で使うであろうオリジナルのフランス語の文章を作って、それを添削してもらい、授業料としてストロングゼロを持っていくという関係が続いた。アプリや書籍で学ぶよりも圧倒的な速さで学ぶことができた。

 

 

 

 


そんななかで、一つの疑問が生まれた。

 


語学勉強のゴールはどこなのだろう?と。

 

日本語、英語、フランス語を操るジョンにその事を聞いてみた。

 

 

 

「それはー、ヒトによってソレゾレですが、まぁ、シゼンタイで話せているコトですかね。」

 

 

 

とジョンは言った。頭の中で変換したり、翻訳するのではなく、素のままでその言語が出てくるのが一つのゴールと考えてもいいのかもしれない。僕もそこまで目指したい。そう思いながら飲むハイボールがまた最高に美味かった。

 

 

 

 

 

 

 


それから、また数ヶ月が経った。

 


8月の東京。真夏の港区。

 

暑さに耐えられない蝉がアスファルトの上でひっくり返り、天を仰いでいる。

 


気温は35度を超えていた。真面目に仕事なんかやってられない。頭がクラクラする。

 


僕は現場を一回り歳上の先輩と仕事中に抜け出し、流れ出る汗を拭きながら、コンビニで買ったびーる啜りながら、歩いているOLのバストサイズを当て合う遊びに興じていた。服の膨らみ、揺れ具合、アンダーとの差異…必要な情報は無数にある。

 

 


半年もの間バストサイズを当てて過ごしてきたものだから、僕と先輩の「バスト当て」はもはや神の領域に達していて、あれは生理前だ!だの、あれはワコール使ってる!だの、旦那は左利き!といった、バストサイズ以外まで当てるようになっていた。バストサイズ?ふふっ、そんなのもう簡単すぎる。

 

 

 


こんな猛暑の中、額から汗を流しながら酒を飲む奴なんて変態しかいない。

 

 

そしてこの日のこの公園には変態が三人揃った。僕と先輩とジョンだ。

 

 

 

「アナタタチは、いつもソンナニ、何をミテイルのですか?」

 


先輩がジョンの質問に答える。

 


「これはね、ジョン、未来を観ているんです。」

 

 

 

「 Oh,avenir...」(おぉ、未来...)

 

 

 

 

 

「つまりね、ジョン、僕たちはOLのおっぱいを見て、バストサイズを当てるんです。」

 

 

「ソレナラ、ワタシも得意デス!」

 

 

 

 


ジョンは身を乗り出しながら言った。彼もおっぱい当てが上手いらしい。では、僕とジョンでどちらがおっぱい当てができるか勝負しよう。となった。ジャッジは神の領域を超えた先輩にお願いする。

 


日本の職人が勝つか、フランスの軍関係者が勝つのか、ムネが熱くなる闘いが始まる。

 

 

 

バトル開始と同時に、公園を足早に横切るOLが一人。ではこの方で決着をつけよう、ということになった。真夏なので薄着だからだいぶ予測がしやすい。ただ、ブラジャーの特性やキャミソールで直視できないアンダーを踏まえてバストサイズを当てなければいけないので、油断はできない。

 

 

 

あれはGカップだ。

 

あの揺れ具合、大きさ、間違いない。

 

何度も見てきた。Gだ。

 

 

 


僕が答えようとした時、ジョンが先手を打った。

 

「アレは、Gカップデス。まちがいナイ!」

 

 

ジョンの即答。

さすがフランス軍関係者といったところか。

クソっ、先手を打たれた。続けて僕もGカップ、と言おうとした、その時。

 

 

 

 

 

公園を抜ける一筋の風。

 

 

 

 


この風がOLのキャミソールを一瞬だけ、フワッと持ち上げた。

 


服の上からは予想が出来なかったアンダーを垣間見た。

 

細い。想像よりも細い!

 


あのアンダーは、も、もしかして。

 

 

 

 


そう、バストサイズは単純に胸の大きさではない。アンダーとの差がバストサイズに反映される。アンダーとの差異が2.5センチごとにカップ数は一つ上がる。

 


つまり同じ大きさのおっぱいでもカップ数は無限大なのだ。そしてこのキャミソールの中を見る前にジョンはGと答えた。彼は本当のアンダーを知らない…!!勝てる、これなら、僕は勝てる…!

 

 

 

公園に響き渡る声で、僕は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 


「アッシュ(H)!!」

 

 

 

 

 


ゆっくりと拍手が鳴る。先輩だった。

 

 

 

「松本くん、おめでとう。正解だよ。あのOLはHカップさ。」

 

 

 

 


ジョンが膝から崩れ落ちる。泣いていた。

 


「クソっ。わからないデス。ナゼ?Gじゃないノカ?」

 

 

 

「ジョンさん。あなたも見事だった。確かに、パッと見はGだ。だけどあなたは負けた。何故だか分かるかい?」

 

 

 

「…イイヤ、わからない。」

 

 

 

勝利の女神が微笑んだ。それだけのことさ。」

 

 

 

そう言い残すとIQOSのフィルターを抜いて、先輩は公園を出て行った。

 

 

 

「松本クン、とてもイイ勝負デシタ。そして、あなたのH(アッシュ)の発音はスバラシかった。シゼンタイです。あなたのフランス語はモウ完璧デス。ワタシから教えるコトハ、もう何もアリマセン。」

 

 

 

 

 

 

こうして、僕のフランス語学習は一つのゴールにたどり着いた。いや、ここからがスタートなのかもしれない。

 

 

 

 

 


ありがとう。勝利の女神

 

 

いや、パツキンパイパンワンチャンフランス美女。