しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

正月企画!青春18きっぷ一人旅 熊本〜大阪 7

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軽い頭痛にうなされながら寝返りをうった。いまの夢はなんだ??知らないおっさんが舌を出している。ぼんやりと目を開ける。一瞬、ここはどこだ?となったのだが、昨日の出来事を思い出し、そしてドヤにたどり着いて倒れ込むように寝たことを思い出した。

 


窓をガラガラと引いて開けてみると、ロの字の形のドヤの他の部屋の窓が無機質に並んでいるのが見えた。飛び降りられないように鉄格子のようなものもついている。まるで刑務所だ。携帯を開くと、待ち受け画面には10:00という文字が浮かび上がっていた。どうやら5、6時間は寝たらしい。

 


他のドヤを探してみよう。僕はそそくさと表に出た。強い日差し。正月日和だ。

 


外には数人の老人がバイオバザードの様に目的もなく、ある者は奇声を発しながらヨタヨタと歩いている。

 


昨夜のヨネさんのおかげでだいぶ土地勘がついてきた。とりあえず四角公園の方へ、更にぐるっと回るように路地を通ると、泥棒市が。

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ただ、路上ではないのでこの時間帯でも警察と揉めないのであろう。たくさんの工具が並べられていた。安い。

 

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しばらく眺めてから表を彷徨うと、あった。安いドヤ。一週間4250円。一日あたりおよそ600円。ここだ。迷いなく扉を開けて中に入ったが、満室。どうやら正月は混むらしい。

 


そんなこんなで宿泊していたドヤのチェックアウト時間がきたので、延泊代を払い、2日目も同じドヤに泊まることに。まぁ、荷物移す手間もないから楽だし、いっか。

 


そのまま表に出る。11時前。いまから行けば炊き出しが食える。空腹で鳴るお腹をさすりながら炊き出しの行われているあいりん労働福祉センターへ。

 


数年前に訪れたときにはガード下のような作りの建物の下にたくさんの人がいて、ボランティアの人が用意した炊き出しやカラオケなどの催し物があり、そこそこの賑わいをみせていたが、その建物も封鎖。いまではその片隅の道路沿いで粛々と炊き出しを配る者、食べては2周目、3週目とおかわりする為に並ぶ者の姿しかなかった。

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あの情愛に溢れた炊き出しスポットの影はいまはない。

 


僕もとりあえず2週回っておかわりをして、薄味の塩だけのお粥を胃に流し込んだ。

 


二日酔いの時には、最高に美味い。だからこれを配ってるのか、などと一人で納得していた。ごちそうさま。

 


とりあえずなんの予定もないので、近くの道端に腰を下ろす。50円のコーヒーを飲みながらただひたすらにボーッとする。まるで自分がホームレスになったみたいだ。向かい側には知らないおっさんが気持ちよさそうに寝ている。

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ホームレスを非難する人は多い。

 

 

 

働いて社会に貢献しろ、とか

家庭を持って子供をつくれ、とか

身だしなみをちゃんとしろ汚い、とか

 


それはすごく真っ当な事で、社会的には正しいのかもしれないが、僕はホームレスを非難するつもりは、ない。

 


社会への貢献、人として生きる、というのは善とか悪とかそういう区別ではない。あくまでも一つの哲学だと思っている。多様な考え方の一つ、だ。

 


だから普通に生きて社会に貢献して働いて生きる、というのもあれば、仕事をしないでその日暮らしでボーッと暮らしてみる、これも立派な哲学なのではないか。

 


職場の人間関係やお金、名声に苦しんで自殺する人達は、「働かなくていい」「汚い格好しててもいい」という、いわゆるホームレス哲学を知らないばかりに命を絶ったのではないか。とも思う。

 


そんなに頑張らなくてもいい。

人にどう思われてもいい。

 


その局地が、ホームレスなのではないかと。

儒教の考えの根強い日本の中にある、道教のようなものではないか、とも感じる。

 


現に、アルコール中毒で苦しんだ挙げ句のホームレスが大半だが、中にはその他健常者がホームレスになって、時間や立場の拘束から解き放たれてその快感が手放せずに社会復帰ができない人がいるのも確かだ。

 


こうやってコーヒーをすすりながら、雲が流れていくのを眺めたり、蟻が道を選びながらアスファルトの上を歩く姿をまじまじと見る機会なんてのは子供の頃以来か。

 


いまのマインドだと、正月が明けて腕時計を睨みつけながら歩くサラリーマンとか観たら、さぞかし滑稽なのだろう。蟻みたいだ。

 

 

 

社会人は人間らしいのかもしれないが、ホームレスには生き物らしさがある。

 

 

 

そう思考を巡らせている時だった。

 

 

 

 


うヴヴヴヴヴ

 

 

 

突然獣の声がした。なんだなんだ!?

 

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背後を振り返ると、道路を呻きながら歩くおっさんの姿が。奇声を発しながら歩くおっさんなんてのはよく見るが、ここまでゾンビっぽいと怖い。しかもだんだんと僕の方に向かってきている。ヴヴヴヴヴという呻き声。完全にイっちゃってる目。やばい。これはやばい。

 


が、はたと足を止めたおっさん。僕の手の缶コーヒーを見ている。なんだ、という顔つきになって、踵を返し、また呻き声をあげながら次第に去っていった。

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いまのはなんだったんだ。いや、もしかすると僕が酒を持っていると思って寄ってきたのかもしれない。正直ビビって腰抜けた。僕はホッと息をつき、立ち上がり、また歩き回ることにした。

 


西成警察署から南へまっすぐ抜けると、三角公園がある。名前のとおりに三角形の形の公園で、ここもホームレス達の溜まり場になっている。汚い便所、ボロボロのステージ、幾つものブルーシートの住処、鉄柱の上に豪快に乗っかったテレビからはなんらかのニュース番組がながれている。

 

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外には大量のゴミ掃除の清掃員がものすごい勢いでゴミを拾っていく。おそらくこの辺の住人が公共事業の一環として雇われているのだろう。しばしば、ゴミだと思われて回収された私物を返せ!と怒鳴るホームレスと清掃員の姿もあり、刹那的だ。

 


ぐるっと見渡すと、やっぱりいた。変なおっさん。舌を突き出し、ベーっとやっている。いったい誰に向かってしているのか?おっさんには何かが見えるのか。怖い。

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とまぁ三角公園の辺りの現状を確認したところで、また歩きだすことにした。昼過ぎの3時。

そろそろ腹が減ったのでマルフクにでも行こうか。

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マルフクに着くと、やはり人気店。かなりの人混みだった。中に入り、瓶ビール、ホルモン、レバーを頼む。

 


「あー!昨日の兄ちゃん!」

 


昨日も来ていたのを覚えてくれていたのだろう、数名の客が声をかけてくれた。ろくに話をしたわけでもないのだが、おそらくピンクのジャケットのせいだろう。数人のおっさん客とたわいない会話をした。皆、なかなかに面白い人たちだった。

 

はまちゃん、田中さん、ボロ爺の三人のおっさん。

はまちゃんはとても元気で活気のあるおっさん、田中さんは少し大人しくてクールなおっさん、ボロ爺はなんかヨボヨボしている。

ちなみにボロ爺のあだ名は心も財布も服も家もボロボロ、だからボロ爺らしい。もうあだ名を通り越してただの悪口にしかなっていないのだが、本人は気にせずガハハと笑っていたので大丈夫らしい。

 

しばらくしてはまちゃんとボロ爺は帰ったのだが、田中さんが「このあと一軒どうだ?」と誘ってきたのでお言葉に甘えてついていくことにした。

 

田中さんの顔馴染みの店で、もう常連だ、俺が来ると店のママが喜んで飛びついてくれる、そう豪語しながら歩く田中さんの背中についていきながら、尊敬の眼差しで田中さんを見ていた僕。だが、お店についてみるとママはガン無視。

 

あなただれ?あー、どうもどうも。

と、忘れては申し訳ないから必死で知り合いの程でいく感じのママの気苦労を察しながら、乾杯。

 

このまま変な空気感になるのかなと思いきや、意外と田中さん、酒が回ると饒舌で周りの客もママも笑いが止まらないという、西成では奇跡に近い場の雰囲気が作られた。

 

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記念に一枚。ありがとうございます。撮影がママで、田中さんと知らない二人のおっさん。絵的にひどい。

もちろん、ワリカン。西成に奢る文化はない。それは明日にはもういなくなっているかもしれない人の間に過剰な恩や義理は要らない、というものかもしれないし、単に金が無いだけかもしれない。

 


僕は田中さんと熱い抱擁を済ませ、外の道をプラプラと歩いた。まだ日は高く、日没まではだいぶ時間があるようだ。新天地の近くだったので、そのまま新天地の方面に向かうことにした。

 


ヨネさんが、ここから先はモンスターが出るとかなんとか言っていた交差点を超えた先の通りまで来ると、道端にギターを置いたストリートミュージシャンみたいな男が座っていた。珍しく、おっさんではない。脱色した髪にシルバーだかなんだか色々混ざっていて汚い色がまた西成らしい。彼が話しかけてきた。

 


「お!そこのにいちゃん!一曲聴いてくかい?お金くれたら一曲歌うよ!」

 


そこにはダンボールに書かれた数曲の演歌が。どれもいつの時代かわからない。かなりマニアックな曲選だ。

 


「いや、大丈夫。聞かない。」

 


僕がそう言うと、彼はムッとした顔で立ち上がり、キレかかってきた。

 


「はぁ?あんた、こうやって声かけられて歌聞かへんの?なんちゅう神経なんや!??」

 


こんな知らない西成ブリーチ頭に払う金なんか無い。しかも歌ってるところを見てるわけでも無いし。そう頭によぎった。

 


「あのさぁ、普通のストリートミュージシャンってのはさ、路上で歌を歌って、通行人に評価されてから、お金もらうんよ。そんな知らない奴にリクエストして先に金払う奴なんか居ねーよ。」

 


と、僕なりの正論を返したのだがこれが彼の逆鱗に触れたらしい。

 


「な、な、なんやてーっ!!」

 


彼は西成の中じゃ顔が広いんだ、ヤクザの知り合いがいっぱいいるんだ、お前お天道さん拝めるのも今日までやで覚悟しときや、的な事をブツブツ呟きながら、誰かを呼びにすぐ裏の道に歩き出した。面白い展開だったので素直に僕も付いていく。

 


ローソンの外でチューハイをすすっているヤクザ風のおっさんに声を掛ける彼。どうやら東さんというらしい。

 


「おうにいちゃん!どういうことや!ワシの歌が聴けんらしいな!」

 


ん?どういうことだ?つまりさっきの演歌のレパートリーは西成ブリーチが歌う訳でもなく、この東さんが歌う訳か。なんてめちゃくちゃなストリートミュージシャンだ。

 


東さんが続けて話す。

 


「あのな、ワシはこの西成ではすごいヤクザ知り合いなんやぞ!めっちゃ怖いで!ワシはもうカタギやけどな!めっちゃ、知り合い怖いんやぞ!ヤクザやぞ!もうすぐ来るから、覚悟しときや!」

 


なんてこった。結局みんながみんなして知り合い怖いぞ!の脅し合戦。本人は何もせず知り合いを呼んでなんとかするバトル。まるでポケモンバトルじゃないか。

 


そんな時だった。

 

 

 

 


「おう、お待たせ。」

 

 

 

きた!ついに西成ブリーチが呼んだヤクザ風のカタギの東さんが呼んだ知り合いのヤクザだ!僕は声のする方をバッと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 


そこにいたのは、はまちゃんだった。

あっ、マルフクのときの!

 

 

 

 

 

続く。