しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

僕たちはあいみょんを抱けない

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「僕はあいみょんを抱けない。」

 

 

日曜日。曇り空。昼の居酒屋。少し薄暗い店内にまばらな客。その中に僕の声明が響いた。

 

人生において何の接点もない老若男女がこの居酒屋にランダムに集い、そして僕の「あいみょん」を「抱けない」という声が鼓膜を伝い、海馬に焼き付かれながら酒を流し込む。

彼らは勿論、好んで僕の情報を聴いた訳じゃない。知り合いでもなんでもなく、同じタイミングに店に居合わせただけだ。

そして僕の声のボリュームが酒の勢いを借りて大きくなっているからで、無理矢理「聴かされた」のである。これはもう、レイプなのかもしれない。一緒にレモンサワーを飲んでいる友人は僕のこの声明に対し、意を唱えた。

 

「何故だ?俺は抱けるぞ、あいみょん。可愛いじゃないか。」

 

「声に騙されるな。」僕はすぐさま反論した。あいみょんは聴くと可愛いかもしれないが顔はブスだ。騙されちゃあいけない。思わず酒を握る手に力がこもる。だいたい、映像やら写真で載ってるあいみょんってのはな、加工されたあいみょんなんだぞ。無加工のあいみょんなんてな、あいみょんなんて呼べないんだからな。
そうだな、例えば、酔った勢いで無料案内所に入ったとしよう。店のスタッフのツーブロックヤンキー感のあるおっさんが声をかけてくるんだ。「オススメはこのパイズリ女子学園の新規入店の子、『あいみょん』ちゃんですね。スタイル良し、ルックス良し、サービスはものすごく良いです。」なんて言われるんだ。うん、なるほどね、じゃあ『あいみょん』ちゃんでお願いします。60分15000円で。って返事する。近くのラブホテルを紹介されて、部屋に入ったらこの番号に電話して下さいって言われて紙を渡されて案内所を出るんだ。言われたとおりにホテルに入って電話するんだ。「あいみょんちゃん指名で60分の者です。ホテルZEROの203号室です。」「わかりました!あと5分程で女の子が到着します。」そして電話を切る。あぁ、とっても可愛い子が来るんだろうな、スタイルも良いって言ってたしな、どんなサービスされちゃうんだろう!なんてどんどん妄想も股間も膨らんで、あいみょんあいみょん口ずさんだところで、鳴るわけだよ。チャイムが。軽くステップ踏みながらはいっはーいって言ってドアを開けると、あれ?どなた?ってなる訳だ。そこにいたのはただのブス。おっぱいは洗濯板。そして余計に「みょん」がブスとのコントラストを加速させるんだ。どうしてくれるんだ。返してくれ僕の15000円。返してくれ僕のお金では買えない60分。まぁ結局することはするんだが。

 

「という訳だよ。」

 

「意味わからん。」

 

「つまりだね、『みょん』はダメなんだ。」

 

「それは把握した。」

 

熱く語って乾いた喉にレモンサワーを流し込む。氷もほぼ溶け切ってしまい薄まったレモンサワー。グラスを空けて店員を呼んだ。結構なブスがグラスを運んでいった。あれが『○○みょん』だったら、ただじゃおかない。

「これだけ説明してもお前は抱けるのか?あいみょんを。」

「俺は、抱ける。」
彼はぐいっとグラスを傾けて、空にしたグラスをテーブルに置き、語り出した…。
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渋谷、道玄坂。コロナの恐怖の渦の中から少しずつ、過去の賑わいが戻りだしてきた今日、俺は道玄坂の坂を上がっていた。そう、目的があったからだ。普段は人混みの喧騒なんて避けて陰日向で生きてきた俺にはこんな場所は似合わない。だが、目的があれば、やむを得ないだろう。

ラブホテルに入ったことを電話で店員に伝える。予約はすでにネットで済ませているから、俺はシャワーを浴びて待つだけだ。シャワーを浴びた頃を見計らうようにチャイムが鳴る。こちらが開けることもなく、相手がドアを開けた。あいみょんだ。

「今日も呼んでくれたんだね、ありがとう。」

俺には分かる。今日のあいみょんは様子がおかしいと。混沌とした意識の中から絞り出した作られた笑顔は、余りにも違和感があったからだ。いくら隠したつもりでも、俺には分かる。

「…。」

「どうしたの?」

まぁ、ちょっと横に来てくれ。と言って、あいみょんとベッドの縁に並んで腰掛けた。あいみょんには似合わない少し派手目な洋服から突き出した細い腕。白い肌。僅かに震えている。

「…なにか、あったのか?」

「…うん、実は、」

そう言ってあいみょんはゆっくりと語りだした。
あいみょんがこのパイズリ女子学園に入店してから一か月程が経ったころ、お店の雰囲気が変わっていったらしい。最初の頃はお店に新しく入ってきた新人の女の子としてそれなりに指名で客が入ってきたのだが、一か月も経つとだんだんと客がつかなくなった。しかもお店には更に新しい女の子が次々と入店する為、あいみょんが指名される機会も減っていった。一日中待機室で待ち続けた挙句、お茶を引いて帰る日もあった。見てはいけないと思いつつもインターネットの爆サイでパイズリ女子学園のレスを調べてみると、『15000円返せ』とか、『60分は返ってこない』とか、『みょんはイカンだろ』みたいなコメントが羅列していた。ショックだった。それに、「売れない女の子」に対するスタッフの対応もだんだんと冷ややかなものになっていき、キャスト同士の陰湿なイジメも繰り返された。
それでもあいみょんは耐えた。なぜならあいみょんは多額の奨学金を使って入った音楽専門学校の支払いが残っており、水商売でもしないと払うことも生活もままならない状態だったからだ。親の反対を押し切り飛び出して上京。それでも両親のことを裏切るつもりはないから、奨学金を踏み倒す手段も取れなかった。だからこそ、こうして水商売で働くしかなかった。なんの為に音楽専門学校に通ったのか。なんの為に払った学費だったのか。そんなことすら考える思考も停止していた。私はもう、死ぬしかないのだろうか…。

 

そんな過去があったのか。俺は驚いた。何度も何度もホテヘルに通ってあいみょんと何度も会ったのに、一度もそんな過去は垣間見ることが無かっただけに、衝撃的だった。俺が、あいみょんを助けてあげないと。

すっと、あいみょんの頬から涙が伝い、白い手の甲に落ち、細かく弾けた。それを目で追ったとき、俺は決心したんだ。


あいみょん、俺と一緒に住もう。そしてこんな仕事辞めて、まともな仕事に着くんだ。確かに、給料は減るかもしれない。だけど、俺の稼ぎもあるから、奨学金はなんとかなる。こんなあいみょんの姿、両親が知ったら悲しむぞ。だからいまからお店を辞めてこのまま一緒に逃げよう!!」


「無理です。」

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「という訳だ。俺は抱けるんだ。あいみょんを。」

「意味わからん。」

「つまりだね、爆サイの書き込みは人を傷つけるんだよ。」

「それは把握した。」


2人でレモンサワーを頼み、ブスが運んでくる。自然と乾杯した。

あいみょんを抱けるか。抱けないか。それは善と悪の様に極端なものでは決してないということだ。抱くという行為は単に一つのプレイとして定義するのではなく、人間と人間、思想と思想といった相互の意識の交わりあいなのではないだろうか。抱くという行為そのものよりも、もっと深い意識の中に本当の答があるのだ。


居酒屋に流れる有線のJ-POPが偶然変わって、あいみょんの「マリーゴールド」が流れ出した。

あいみょんもやっと風俗あがったんやなぁ。奨学金きっとこれで払えたんやなぁ。そう思いを馳せた僕と友人の頬を、ゆっくりと涙が流れた。