正月企画!青春18きっぷ一人旅 熊本〜大阪 6
1月5日。深夜0時を回った。
西成の街はどこかしこもシャッターを閉ざし、眠りについていた。その街の街頭の下を、赤い頭とピンクの服がうごめく。
「この辺の飲み屋さんは面白いですよー。ま、私は行ったことないんですがね。」
ヨネさんは行ったこともない店を次々と紹介していた。ふーん、とかへー、とか相槌は打つのだけれど、指差す先の店はどこもシャッターが閉まっているので想像するしかなく、あまりにも空虚なガイドだった。
それでもヨネさんは楽しそうに説明していく。どんどんと小道を抜けていく。裏路地の先に小さな神社があった。
「ここは昔、置屋で働いていたたくさんの女性たちが健康や収入を祈願する場所で有名なんですよ〜。ま、私は祈願しないんですけどね〜。」
僕もたいして興味がないので、ふーんとだけ頷いておいた。
そのまま商店街を抜け、通天閣方面へ。
「この道路を渡ると、通天閣になります。もうね、モンスターがいっぱいいる訳です。なんていうか、ドラゴンクエストってあるでしょ?そういう世界なんですよ〜。」
確かに、僕は赤髪のモンスターを連れて歩いている訳なんだが。
通天閣に向かう通りもどこも正月休み、シャッター通りのオンパレード。閉まった店を指さして次々と説明をするヨネさん。通天閣のどこにもモンスターは居らず、むしろ僕たちだけがモンスターになっていた。
「あー、いましたねぇ。」
ヨネさんが指差す先を見ると、どうやらファミマの前で警察に止められてるおっさんが。
「あれはなんですか?」
「あれはですね〜、盗難自転車を乗り回すモンスターですね〜。この辺りでは日常です。」
近づいて職質を聞いてみるとどうやら自転車は盗難ではないらしい。酔っぱらったおっさんが警察に絡んでいるだけだった。
ここ飛田新地も日本で有名なエッチな料亭、つまりちょんのまなのだが、この時間帯ともあって静まり返っていた。
「実はですね、この飛田新地に一軒だけ、バーがあるんですよー。」
道の角を曲がると、確かにそこにはバーが。しかも、この深夜にして、営業していた。
中に入る。ビールを頼んだ。
「ではでは、これだけ案内しているんですからビール一杯だけでもご馳走になりましょうかねー。案内料ってやつですねー。」
なにがではでは、だと呆れたが、とりあえず頼む。乾杯。ヨネさんはすぐさまカウンターにいた他の客の女に声を掛ける。口説いているようだ。
唾を飛ばしながら喋るヨネさんにかなりドン引きしている女客が適当に相槌を打っていたが、痺れをきらして会計を済ませて帰っていった。
「あの女、私に惚れていましたねー。目を見ればわかります。」
ヨネさんはどうやらご機嫌のようだった。まぁ、気持ち悪がられているなんて言うのも水を差すようなので、言わないでおいた。勘定を済ませ、店を出た。
「そろそろ帰りましょう。」
僕が提案すると、ヨネさんはそうですね、行きましょう。と、西成の方へ歩き出す。
四角公園の近くまで戻ったところで、気になったので聞いてみた。
「ヨネさんはどこに住んでいるんですかー?」
「私はね、ほら、あそこです。」
指差す方を見ると、なんと、バスが一台。かなり古く、どうやら廃車のようだ。
「この街の人々を助ける活動をしている、稲垣浩さんが家のない人の為に寄付してくれたんですよー。素晴らしいことですねー。」
稲垣浩さんは国会議員だとかトランプ大統領と従兄弟の関係にあるとかヨネさんが無茶苦茶言うので調べたが、どうやらこの土地で昔からホームレス支援活動を活発に行う活動家の方らしい。
ヨネさんと中に入ってみると、まぁー!うんこ臭い!どうやらアルコール中毒者達が宿も手に入らずにここに泊まるからか、しょんべん垂れ流し、うんこ漏らしっぱなしのありさまのようだ。よくこんなとこ泊まれるな。うんこ臭いってよりも、うんこより臭い。
「あー、わかりました。よく、わかりました。」
僕は臭いに負けてそそくさと表に出た。こんなところに正月早々いてられない。そう思っていたときにヨネさんが何かを思い出したように、ハッとした。
「そうだ、この時間からは泥棒市が出始めるんですよー。観に行きますか。」
ヨネさんが歩き出したので、やれやれとついて行った。
泥棒市というのはこの西成の一帯で行われる露店のことである。様々な品物が売っているのだが、どこで拾ったんだかわからないものや、片方だけの靴、折れた傘、偽物のブランド品などまで売っている。
ヨネさんの顔馴染みの人がいるということで道の角に露店を開いている老婆のところに来た。ヨネさんと一緒に挨拶すると、なんだか気のいいばあさんで、タッパーに入れたクリームシチューと白ごはんの混ぜ物みたいなものをくれた。ものは試しよとお腹を壊すのを覚悟で食べてみたが、意外に美味しかった。
ただ、ご馳走になったと思いきや、飯食べたんだから店番しろや!と老婆に言われ、しばらく泥棒市で働くことに。品物の前に腰を下ろした。
どんなものが売っているのやら、どれどれとのぞいてみると、偽物ブランド品が数点、それとダビングしたエロDVD、中には裏ものの無修正ものもあった。結構したたかな老婆だな。
その無修正ものの品物の並びにある白いケースを見てみた。中には薬がたくさん入っていた。
「これはなんですかー?」
僕が尋ねると、老婆は答えた。
「これはロキソニン。睡眠薬。この辺の人はみんな病院にいく金も保険証もないからこうやって薬を売ってるのよホホホ。」
なるほど、いい商売だなとおもったらその薬の並びにパケに入った透明の結晶があった。明らかに市販でもなければ製薬会社の商品でもない。
「あれ?これは?」
「それはあれだよあれ。シャブだよ。」
なんてこった。クリームシチューごはんと引き換えにこんなヤバいものの販売人にならなきゃならんのか。いまにも警察とか来ちゃったらどうしよう、とかソワソワしてしょうがなかった。
ちょこちょこDVDやらロキソニンを買う客が訪れたが、シャブは売れなかった。
と、そんなこんなで朝方になり、空がだんだんと明るくなってきた。僕をこんなところに残していた老婆が突然帰ってきて、店を片付けるぞ!と言い出した。
どうやら朝6時を過ぎると早朝のお巡りさんのパトロールが始まり、摘発を受けることがあるらしい。
やべえやべえと焦りながらヨネさんと一緒に白いバンの荷台に商品を放り込み、片付けおわると老婆が「ご苦労!」と親指を突き出して言い残し、白いバンが薄明るい西成の道路を走り去っていった。
ヤバかったけど面白かった。また明日もヨネさんと会おうかなと思い、ヨネさんに番号を聞こうとしたが、案の定ヨネさんには携帯が無かった。この辺をうろつけばまたいつか会いますよ、とヨネさんは言い残し、うんこバスに帰っていった。
僕はトボトボと道を歩き、自分のドヤに戻っていく。
四角公園や道端のブルーシートがガサガサと蠢き、ホームレスがゾロゾロと動き出す。ホームレスの意味不明な奇声が響く。みんなの朝がきたのだ。
そしてまた、西成の新しい1日が始まったのだ。