心に残るイケメン
人生の中で誰しもが心に残る光景を観てきたことだろう。苦労して登った山頂からの眺め、初めてのデートで一緒に眺めた夜景。それらは幾ばくの時が過ぎ去ろうとも、心の中では鮮やかな色彩を放ち続ける。
僕はなかなかに強烈な友人達がいて、その中の1人にゲイの友達がいる。次々と強かに酔ったノンケの男共をあらゆる手を尽くしては連れ去っていく、北朝鮮の工作員みたいなゲイだ。もはや手抜かりはない。
そんな彼と久しぶりに会った時、彼はまだお酒を呑む前から頬を、日の出の空のような赤色に染め、トロンと虚ろな目をしていた。そうだ。彼は恋をしていた。話を聞くと、その彼(好きになった相手)は今時の塩顔なイケメンだったのよ…と呟き、溜息をつく彼(恋をしているゲイ)。
出会いは僕がよく行く二丁目のオカマバーだったそうだ。そこは観光バーだからポケモンGOみたく、「ノンケが出たぞ!」と公園を走り回るツワモンはいない。普通に女性客も来るし、ノンケの男も気軽に入れる、それが観光バーだ。
彼(恋をしているゲイ)は彼(好きになった塩顔)を一目見たときには声にもならない叫び声をあげたそうだ。一目惚れをしたらしい。
彼(一目惚れをして恋をしているゲイ)にどんな容姿だったのかというと、彼(好きになった塩顔)はノンケで、程よい筋肉、短髪で清潔感のあるヘアー、そして完膚なきまでの塩顔だったという。なんだよ、完膚なき塩顔って。
塩顔といえば西島秀俊とか加瀬亮とかがイメージに浮かぶのだけど、塩顔とはどんなものぞ!と僕は興味しんしんになったので、早速彼(ノンケで筋肉と清潔感のある、好きになった完膚なき塩顔)に会えるかもよ?と彼(一目惚れをして恋をしている完膚なきゲイ)に提案してみた。
いやん、いきなり会うなんて怖くてできないわ。と言ったそばからバックを持って席を立つ彼(いきなり会うのは怖い一目惚れをして恋をしている完膚なきゲイ)はまさに肉食系男子である。いや、乙女?
数分彼(いきなり会うのは怖い一目惚れをして恋をしている肉食系男子の完膚なきゲイ)と歩いてお目当てのオカマバーへ。中を覗くとチラホラと客がいた。男女のカップルや、男男のカップルや、1人で来ている男の客。
おや?もしかしてこの1人でいる奴が噂の彼(ノンケで筋肉と清潔感のある、好きになった完膚なき塩顔)じゃないのか??とテンションが上がる。確かに少し塩顔っぽい。空いた席に着いて彼(いきなり会うのは怖い一目惚れをして恋をしている肉食系男子の完膚なきゲイ)に聞いてみた。
「そうよ、あの人よ!あの奥の方!」
指差す方を見るとそれは1人で呑んでる男客じゃなくて、男男のカップルだった。奥の方に座る彼(ノンケで筋肉と清潔感のある、好きになった完膚なき塩顔)の塩顔を覗いてみると、全然塩顔どころか目鼻立ちが濃すぎてイタリア人みたいな顔していた。
どこが塩顔だよ!どう見てもイタリア人である。シチリア産の塩。
ふと彼(実はノンケじゃなくてゲイで恋人のいた、筋肉と清潔感のある、好きになった完膚なきシチリア産)から視線を彼(いきなり会うのは怖い一目惚れをして恋をしていたんだけど惚れた相手が実はノンケじゃなくてゲイの恋人がいた肉食系男子の完膚なきゲイ)を見ると、めっちゃ泣いてた。
完膚なきまでの号泣。いいの、私の心の中で彼(実はノンケじゃなくてゲイで恋人のいた、筋肉と清潔感のある、好きになった完膚なきシチリア産)はいつまでも思い出として添い続けるのよ。と言い、鼻水を垂らしながら恐ろしい顔をする彼(もはやただの怖いゲイ)。
むしろ同性愛ネタをブログに書くとカッコ書きがやたら長くなって一番泣きたいのは僕の方だ。
心に残るイケメン。
それはすこし、しょっぱい思い出。
いきすぎた便器
朝、気持ちをナイーブにさせる出来事があった。仕事の前にトイレで用でも足すかとコンビニへ。最近のコンビニはトイレが綺麗だと客足が伸びるみたいな思想が根付いているものだから、割とトイレが綺麗になっている。
昔はトイレが汚かった店舗も見事に改装されていたりして、昔はあんな奴だったけど、ここまで立派に育ったのか。と感慨深いものがあり、胸が熱くなる。
さてトイレしようとするのだけれど、便器の蓋を途中まで開けると、そこからが硬くなっていて蓋が開けられないのだ。恐れおののいて手をはなすと、その蓋は再び元の位置まで下がっていき、閉まってしまう。なんということだろう。生まれてこの方、便器に拒絶されたのは初めてであった。
僕の事が嫌いなんじゃないか。
という考えが脳裏をよぎる。
例えるなら恋愛でいうところの12月の半ば、そろそろクリスマスじゃないかと思い、今年はプレゼントは何をあげようかな?サプライズしようかな?ムフフと心躍らせながら仕事を終えて帰宅していると、彼女からラインが。
「もう別れよう。」たった一言でこれだけの破壊力を秘めた言葉があったのかと疑うくらいにショックを受け、すぐさま理由を聞く。
「分からないならいいよ。」なんて返事か来ると、分からないから聞いているのに此奴は何を言ってるんだ!と憤りながらもそこは紳士的に返事を適当に返す。
どうやら今日は彼女との一年記念日だったらしく、クリスマスの計画を立てて浮かれる前に意外な落とし穴があったようなものだ。記念日なんかおちおち数えてられるか!メンヘラか!と憤りながらも、そこは紳士に返事を適当に返す。
「とりあえず、謝るから今から会いに行くよ。」今更何を謝るんだと自分でも呆れるものの、クリスマスを一人で過ごす訳にはいかないのだ。ここは忍耐あるのみ。
家の玄関を出ると、北風が肌を刺すような寒さをぶつけてくる。なにもこんな寒い日に会いにいかなくても。と思わず自分で呆れるものの、クリスマスを一人で過ごす訳にはいかないのだ。満月の月の下をトボトボと歩いた。
彼女の家は家からさほど遠くない。歩いて着く距離だ。ラインで「家に着いた。」とだけ送る。すぐに既読。彼女から返ってきた言葉は、「もう帰って。」だった。こんな寒い中歩いてきたのにあっさり帰れるかい!と思い、玄関のチャイムを鳴らす。
しばらくすると玄関の向こう側に人の気配がして、ガチャリと扉が開く。しかしドアロックされたまま、彼女はその隙間から顔を覗かせてこう言った。
「もう帰ってほしい。」
またすぐにドアを閉めようとする彼女。この扉がしまれば、二度と開くことはないのだろうと、慌てて僕は扉の隙間に手を差し込み引っ張る。だが彼女は扉を閉める手の力を緩めることなく閉めようとしてくる。恋愛とは残酷なもので、冷めた恋の先には相手を慮る気持ちは全く残らないものだ。
思わず手が挟まりそうになり、恐れおののいて手をはなすと、扉はバタン。と閉まってしまった。
僕のことが嫌いなんじゃないか。
ってくらいトイレの蓋が開かない時のショックは大きかった。結局壁についている便座の開閉ボタンを使えば開くつくりになっていたのだけれど、こんなの恐怖を煽るだけで必要無いよ!!と思う。ここまで自動式になるといきすぎた便器だ。便器だけど不便だ。
とまぁ、こんな感じで文章を書いたのを投稿前に友人に見せたら、
「またトイレネタ?それしかないの?それに例え話がいきすぎてるし。こんんな作り話よく妄想して書けるね。」
と露骨に言われ、こいつ、
僕のことが嫌いなんじゃないか。
という思いが脳裏をよぎった。どうせ僕のブログなんて身も蓋も無いですよ。いや、蓋はあるか。
「残業100時間で自殺は情けない。」
「残業100時間で自殺は情けない。」とコメントした武蔵野大学教授、長谷川秀夫さんが処分を受けるに至った件。
電通に勤める女性が「仕事にいくのが怖い。」等のツイートをしていた事も話題になりました。
この一件がTwitterやらニュースタグやらでお盛んになっていて、僕としては非常に良くないと思うんです。
何がいけないかって、このコメントがじゃあ亡くなられた女性に失礼極まりないとか、いや確かに情けないよね、とかの内容の部分ではないんですよ。
こういう世論とは反したコメントが圧倒的な勢いで叩かれて処分されていく、この世の中が非常に良くないと僕は思う訳です。
世の中には様々な人がいる訳で、みんな頭の中じゃ多様なことを考えているんですよ。だからこそ議論を交わし合うことが出来て、より良い方向に向かって行く訳ですよ。
それをメディアが叩いて、世の中の人がみんなして「秀夫はひでぇ」なんて酸っぱいことを口を揃えて唱えたら、これは1つの情報統制な訳です。
皆が皆FacebookやTwitterで不適切な発言を避ける。となると、自由に多くの情報を発信できるのがメディア側だけになる訳です。
「メディアの報道=世論」みたいになってしまう。メディアの報道が正しくて、それにみんな同じ様に考えているんだな。となってしまえばもう全体主義の完成です。全体主義で個人を思考不能にしていく様はナチスの全体主義政権下や大日本帝国政権下の下地作りのままですね。天皇万歳!
とまぁこんな感じでメディアの話題から哲学、歴史、世界情勢の話まで友人とドップリ語り合った訳ですよ。僕らは世界平和の事を考えると飯も喉を通りませんから。ずいぶんとカオスなトークでしたよ。
そこから飛躍して中国と米国の南シナ海をかけた情勢悪化による戦争が起きるんじゃねえかとか、TSUTAYAにいつになったら杏里がレンタルに出されるんだとか、そういった討論を重ねていたらもうこんな時間ですよ。
ド平日の午前4時45分。もう少ししたら仕事です。「仕事にいくのが怖い。」
青春を独り占め
袋とじが消えた。
あんなに暑かった夏が終わりを告げ、いつの間にか季節が変わりゆく様に、それは消えた。
物質が音を立てて崩れ消えていくような激しさもなく、さざ波が砂浜でうっすらと砂に潜りこんでいく潮の余韻のようだ。
雑誌の袋とじのあるはずのページを開くと、どこか淋しげに袋とじの切り取った余紙が、もうしわけなさそうに少しだけ残っていた。
いつもは成人雑誌なんて読まないし、買うこともない。専らXVIDEOを観るくらいだ。ただ、コンビニに置かれた雑誌の表紙に書かれていた、「青春を独り占め!袋とじ18P!」という文章が僕を魅了した。
何らかの文章を書く人間は絶えずアンテナを張っていて、世の中の溢れかえる情報から心の奥の奥に眠る何かを鷲掴みにするような文章を見つけたときは心が震えだすのだ。
思わず足が止まる。唾を飲む音が聞こえた。よく行くコンビニのレジに立つ美人の店員にこの雑誌を買う僕の姿を晒す事には多少の躊躇があったが、それでも僕は買った。僕の青春は店員さんのものではなく、僕のものなのだ。
青春を独り占めしたかったのだ。
ただ、絶対読まないであろうスポーツ新聞を雑誌の上に重ねてレジに置いたのに、店員さんはちゃんと色のついたビニル袋と分けて入れてくれた件についてはここでは書かない。
すぐ開ければ良かったのかもしれない。だが、僕はこの雑誌の文章の余韻を愉しみたくて、袋とじには手をつけなかったのだ。
写真や映像は脆く、危うい。想像の範囲が決まっていて、目に映る情報のままにしか事実が伝わってこない。干しぶどうみたいなミイラは何度繰り返し観ても干しぶどうみたいなミイラでしかないのだ。
しかし、文章は違う。文章の中で登場人物に「女」と出てくるだけで、読み手は皆想像の中で多種多様な女をイメージする。読み手によって、髪型も声質も体型も、何もかもが違う。情報が曖昧な分、イメージは美化されるし、想像を愉しむことができる。
今年はVR元年とも言われ、メディアはどこまでも発展していくのかもしれないが、文章というメディアは退廃しないはずだ。
成人雑誌を手に取ったあの日から一週間、僕は袋とじを開けずに表紙を観るだけだった。職場の机に置かれた成人雑誌のタイトルは時が流れても遜色なく、そこにあった。
でも余韻を愉しみたい、というのはもしかしたら去勢で、本当は袋とじを開けるのが怖かっただけなのかもしれない。そろそろ袋とじを開けてもいいか。そう思った。
パラパラとページを捲り、袋とじのページを探した。すぐに雑誌の膨らみで分かると思ったのに、最後のページまで辿りついてしまう。おかしいな、18Pもある袋とじだから、捲る途中で気づかないはずはないのに。
その時に感じた、嫌な予感はきっと理屈的なものじゃなく、無意識的なものだった様に思う。
注意深くもう一度確認すると、袋とじがあったであろうページがあった。冒頭にも書いたが、そこには袋とじが明らかに何者かによって破りとられた痕跡があった。
思わず周りを見渡した。いつもの職場の休憩所の風景と職場の同僚達。全てが敵に見えた。自分の表情が疑心暗鬼に歪んでしまっていないか怖かった。なぜだか、僕が袋とじを盗まれてしまった事を、誰にも知られたくなかった。
僕の袋とじを破りとったのは誰なのか。
全員を問いただしたい欲求が僕の心を満たしたが、かといって人を疑うのも嫌だった。僕の全身を駆け巡ったのは、怒りとか悲しみとかとも違う、亜人のようなよく分からない感覚だった。もはや人間じゃない。
どうしても袋とじの中身が観たかったのかと訊かれると違う。だけど、こうして袋とじが無くなった事実を目の当たりにすると、なぜだか余計に袋とじの中身が見たくなった。僕は席を立ち、コンビニに向かった。
今度は新聞も買わずに雑誌だけをレジに置いた。流石に同じ成人雑誌を2度買う客を見て美人店員さんは怪訝そうな顔したが、、いまはそれどころじゃない。僕の青春を取り戻す為には手段は選ばなかった。僕はただ、
青春を独り占めしたかったのだ。
コンビニを出て、外で色のついたビニル袋からおもむろに雑誌を取り出す。ページを捲るとすぐに念願の袋とじがあった。思わず震える手で、僕は袋とじを引き裂いた。
袋とじの中にはいかにも青春を謳歌している様な若い男に貪るように絡みつく、ブッサイクな熟女が18Pに渡って写っていた。「青春を独り占め」ってそういう事か。
僕の頬を一筋の涙が流れていった。
○んこう少女
東京では変な事がよく起きる。
田舎では起きないのか、というとそういう訳ではないのだけれど、様々な悩みや欲望を抱えた人間が多く集まる東京は、人間のエネルギーが渦巻いているのかもしれない。
だから外を歩いてたりすると、ダライ・ラマ5世みたいな女子が鼻息を荒げていたり、気持ち悪いキャップとサングラスのデブが歩いていたり、風俗で詐欺にあったと騒ぎ立てる酔っ払いがいたりする。
そんな人達が交錯する東京。そんな場所に生きている一人一人が僕の横を通り過ぎていく度に、彼らにもいままでの人生があって、何かしらの悩みや欲望があるということが不思議で、思わず感慨に耽ってしまう。そこにはドラマがある。そして何かしらの出来事を見かけると、好奇心旺盛な僕はよく立ち止まって、人間観察をする。
あれはいつだったか。まだ春と呼ぶには早い3月頃、僕は歌舞伎町を一人、ぶらぶらと歩いていた。眠らない歌舞伎町。終電の時間を過ぎてもなお、欲望を満たす一心で動き回る多くの人間が、まるで光に集まる蛾のようにウロウロと彷徨っている。
僕は飲み会の帰りなのだけれど、一緒に呑んだメンバーがどいつもこいつも神奈川とか千葉から来ていたものだから、終電に間に合う時間に帰ってしまい、暇を持て余したまま歩いていた。
「風俗ですか?ギャンブルですか?」無精髭を生やした男や、NHKの笹塚地区の集金担当に似た男のスカウトマンが矢継ぎ早に僕に話しかけてくる。
ガンシカするのも気まずいし、かといって何かしら返答でもすれば彼らはどこまでも付いてくる。それが嫌だから僕は歌舞伎町を歩く時にはイヤフォンを耳の穴に突っ込んでいた。
防音ガラス越しに街を眺めているようで、違う世界を俯瞰しているようだ。僕はただ、音楽サイトからランダム選曲されて流れる音に身を委ねる。
洋楽が何曲か続いた後、邦楽が流れだした。普段邦楽は聴かないので曲を飛ばそうとしたのだけれど、ふとどこかで聞いた曲のような気がしたのでスマホを触る手を止めた。
今日現在(いま)が確かなら万事快調よ…
思い出せない。この特徴のある歌い方やが好きだった。歌詞もかなり独創的だ。書き物が好きな僕としては、この歌詞を書いているのはいったいどんな人なのだろうと気になってしまう。
そんなことを考えながら音楽を聴いていると、さくら通りの一角に脂汗をかいているつるっ禿げのサラリーマンのオッサンと、地下アイドル界の更に地下みたいな女子がなにやら話し合っていた。
なぜだかオッサンはすこし焦ったように唾を飛ばしながら話している。僕の好奇心が高まった。すこし様子を見てみよう。
「でもさぁ、アンタ、もうメッチャ酔ってるじゃん。酒臭いの私ヤダ。」
「なぁ、頼むよ。今日がいいんだよ。どうしても。」
少女の言葉に対してオッサンが唾を飛ばしながら祈るようにそう言った。酒に酔っているのか、呂律が怪しい。
「嫌よ。どうせ酒で記憶なくなるよ?お金もったいなくなるって。」
どうやらこの状況、援交目的の少女とオッサンの二人の会話らしい。そして少女は泥酔のオッサンとホテルに行くのがたまらなく嫌みたいだ。オッサンが喘ぐように答えた。
「いいんだよ〜明日には覚えて居なくたっていいんだよ〜」
明日には全く憶えて居なくたっていいの
おや、と思った。聴いていた歌詞とオッサン達の会話がシンクロしていたのだ。まぁ、そんな偶然は多々あることだ。更にオッサンと援交少女のやり取りを見続けた。
「なぁ?いいじゃないか。お金だってちゃんと渡すんだから。」
「…いくらくれるの?」
「3万だろぉ〜約束通りの。昨日メールでやり取りしたじゃないか。」
「はぁ!?なに言ってんの?マジ意味不なんだけど。そんなに酒臭いのに同じ金額じゃないじゃない。」
援交少女は呆れたように、キレ気味にオッサンにそう言った。少し狼狽するものの、ここでおずおず帰る気にもなれないオッサン。つるっ禿げの頭から汗が流れ落ちた。
「わ、わかったよ〜。いくら?」
「5万。」
「わかったよ〜。」
昨日の誤解で歪んだ焦点(ピント)は 新しく合わせて
地下アイドル界の更に地下みたいな援交少女が5万請求するのもどうかと思ったが、そこじゃない。
また曲の歌詞がシンクロしたのだ。昨夜のメールでの金額のやり取りは、いわば援助交際の中での焦点だ。
援交少女側とオッサン側の焦点がピタリと一致したときに援助交際は成立する。しかしオッサンが泥酔したことで金額のお互いの焦点がズレてしまった。オッサンはそれを新しく合わせたのだ。
「じゃあさ、ハメ撮りは、今回しないから、もうちょっと、値段落としてくれよ〜」
ハァハァと息を切らしながらオッサンが援交少女に聞く。予算的に厳しいのか、今回はハメ撮りも諦めたらしい。
写真機は要らないわ 五感を持ってお出で
また、曲とシンクロした。もうこれは間違いない。作詞を手がけたのは目の前にいるつるっ禿げのオッサンだ。多分そうだ。絶対そうだ。
僕は思わずオッサンの元へ近寄って確認してみることにした。こんな魅力的な歌詞を生み出す過程から発想まで、根掘り葉掘り聞き出してみたかったのだ。しかし、一手先に援交少女が切り出した。
「やっぱりやめとくわ。マジムリ。」
そう言い捨てると、援交少女はオッサンを残し、歌舞伎町の人混みの中に入っていき、姿を消した。オッサンは慌てふためいた。
「ちょっ、ちょっ、まってくれよー!頼むよ!今夜しかないんだよ〜!」
職場と家庭の往復を繰り返す生活だけのオッサン。そんなオッサンにとってまたとない機会で出逢った援交少女はオッサンの理性のタガを外し、先を考えない、今しか知らないとでも言うような行動を起こさせていたのかもしれない。でもそれがオッサンにとっては非日常的で、オッサンの人生を閃かせていたのかもしれない。
私は今しか知らない 貴方の今を閃きたい
援交少女の消えた方向にオッサンが続いてフラフラと追いかけて行った。これが最後になるかもしれない。もう、援交なんかしないで普通の生活に戻ればいいのだけれど、まだどこか諦められない。そんなオッサンの葛藤が、ネオンの光を浴びて光るオッサンの頭を見ているだけで伝わってくるようだった。
これが最期だって光って居たい
やはり、東京では変なことがよく起こる。
結局、オッサンが歌詞を書いていた人だったのか、直接確かめることは出来なかった。が、オッサンの人生という1つのドラマを垣間見ることが出来たのは光栄だ。きっといまでも東京のどこかで、あのオッサンがネオンの光を浴びながら彷徨っているのだろう。
翌日になって、あの時のシンクロした曲が誰のアーティストのものだったか確かめることにした。アーティストも曲名も思い出せないから少し手間取ったが、すぐに調べられた。
東京事変というアーティストの閃光少女という曲だった。間違いない、あのオッサンだ。
詐欺は人を傷つける
彼は深く、深く傷ついていた。
顔は憎しみの重圧に耐えかねたように醜く歪んでいた。血の気の失せた青白い頬と対照的な赤く煮え滾る充血した目はあまりに悲惨だった。小刻みに肩を震わせながら、彼は、神に命乞いをするかのように静かに、しかし力強く、僕に言った。
「俺は…騙されたんだ。」
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昨今、詐欺が多発している。
「日本は詐欺大国だ。」と感じている人が多いかもしれない。昨今のオレオレ詐欺や特殊詐欺は厳罰化が進む中で被害総額は一向に減らない。
平成20年頃から盛んになったオレオレ詐欺や特殊詐欺。しかし、詐欺認知件数と人口比率で計算すると、詐欺大国と呼べるのはむしろ韓国だ。
日本に比べ偽証罪の件数は66倍、人口比では165倍になる。「韓国人は息を吐くように嘘をつく」という衝撃的な書き出しで書かれた記事がビジネスジャーナルにも掲載されている程だ。日本はそれに比べるとまだ比較的少ない。
なぜ、韓国でこれだけ詐欺が横行するのか。世界的にも韓国は稀な学歴社会でプレッシャーからか自殺する若者が後を絶たないこと、評価基準が人より劣っているかどうか、ということである為、人を蹴落としてでも自分が上に行かなければならない社会であると分析されている。また、学歴社会、世帯の所得差、国そのものの貧困によってそれはエスカレートしていく。
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彼は騙されたと自分で口にすることで、騙されたことを認めたからか、怒りや悲しみを通り越して、虚しさだけが残っているかのように見えた。
僕は何も言えなかった。
この彼を前にして、「大丈夫だよ。」なんて容易い言葉は決して口にしてはいけないようだった。沈黙が続いた。ブラインドのついた窓から空を見ると、いまにも降りだしてきそうな雨雲が渦を巻いてそこにただずんでいた。それは目の前の彼と対象的だった。
あまりに気まずい雰囲気に僕は耐えかねて、質問することにした。そもそも何があったのか。誰に、何を騙されたのか。そこを聞かずにして、彼の内面を慮ることは到底不可能だと感じたからだ。
彼はおもむろに語りだした。
彼はとある夜、したたかに酒を呑んでいた。いま取り扱っている仕事が上手くいかず、ストレスが溜まっていたのか、いつもよりも多く酒を呑んでいた。月夜の明るい夜だった。
ふといつもの職場の帰り道と違う道を歩いてみた。いつもの帰り道では、いつもの光景しかない。それはある意味彼の仕事や一生を表しているかの様な、現実を見せつけられているかの様な、そんな気がしたのだ。変わりたい。違う道を歩いてみれば、何かが変わるかもしれない。そんな、藁にもすがる思いだった。
人は普段なら騙されたりはしない。この時の彼の様に、衰弱して、心に隙が出来た時に騙されるのだろう。
違う道を歩いていくと、見知らぬ男が近づいてきた。「お兄さん、いい話があるんですよ。」全く見知らぬ男。背は低く、無精髭を生やしていたが、不思議と心に響くいい声をしていた。
普段なら、間違いなく無視する相手だが、彼は非日常に飢えていた。話を聞くことにした。どうやら商談のようだった。酔っていたが、それなりに話は理解できる。
商品だか何かを見て、買うかどうかの話なのだろう。若干、訝しげな感覚になったが、「とにかく見てから判断してくれればいい。」と男に言われた。見て判断してダメならば帰っても良いとのことだった。それなら、大丈夫だろう。
彼は無精髭の男の案内する先について行った。汚いビルの入り口に地下に続く階段があった。無精髭の男はそこを勝手知ったる場所のように降りていく。
階段は薄暗く、月の光を避けるように、奥に行くほど暗かった。この無精髭の男はどこに連れて行く気なのか。天国なのか、地獄なのか…
彼はここまで話したところで、よほど記憶を思い返して不快感が達したのだろうか、いきなり片隅に寄りかかって吐瀉物を地面に叩きつけた。
2、3度叩きつけると、少し落ち着きを取り戻したように息を大きく吐きながら言った。
「はぁ、すまない、いきなり吐いてしまって。」
「いいえ、いいんですよ。」
僕は努めて優しくそう答えた。
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先程、韓国が如何に詐欺事件が多いか告げた。では、日本は詐欺は大した問題ではないじゃないか。と感じるかもしれないが待ってほしい。何故なら、韓国の様な学歴社会、世帯所得差については日本も危惧すべき問題で、日本での詐欺事件の多発にも大きく関わってきているのだ。
オレオレ詐欺がこんな短期的に流行しているのは、日本固有の現象で、諸外国だったらここに銃と血が入ってくる。クーデターやデモが起こる。少なくとも日本では階層間の憎悪は貧困差によって出来上がる。
詐欺やオレオレ詐欺の基本的なターゲットは高齢者や高所得者だ。当然ながら低所得者を騙してお金を取るよりも高所得者から騙してお金を取る方が効率がいい。しかし単にそれだけではない。そういったターゲットを恨む社会になっているのだ。
低所得者と高所得者が対立している社会。詐欺グループなどは元々暴力団組織や、無職の人などの烏合の衆といった人たちが犯行を行ってきていたのだが、現在ではあらゆる企業を勤め上げた人間や、大学卒業後にまともな就職にありつけない人たちまでが参加してきている。
苦労して勉強して、多額の奨学金を受けたのにも関わらず、ろくな仕事にありつけない。待っているのはブラック企業と利息のついた奨学金の返済だ。そんな時、人は社会や高所得者を恨む。そういった社会人が次々と詐欺グループに参加して、社会に反抗を示していく。
実際に、「日本社会の経済が発展しないのは高齢者が資産を溜め込んで流通させないからだ。」と謳う詐欺グループ内のセミナーも存在する。
事実お金が流通しないと経済が発展しないが、詐欺によって搾取する事の肯定にはならないのだけど、そこに賛同する人は大勢だ。
県警の詐欺事件認知件数自体は減っているが、被害総額自体はおよそ倍に増えている。ここからみても分かる通り、被害者が高所得者であり、加害者は犯行能力の高いグループなのが分かる。
韓国の二の足を踏まない為にも、貧困差を軽減させたり、所得差で恨み合うことのない社会をこれからの日本は目指さなければならない。そしてなにより、詐欺にあった人間は傷ついているのだ。
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僕は彼が少し落ち着きを取り戻したのを見計らって聞いた。
「その先に何があったんですか?」
彼は引きつったような笑い方をしながら、ぶっきらぼうに答えた。
「風俗店のパネルの写真で指名した女の子が、実物と全く違った。あれは詐欺だ。」
キミハボクノセンタクキ
強い陽射しに照らされた西口公園は月曜日の昼間とあって、閑散としていた。早口で喋る中国人、ポケモンGOをしているだろう姿の若者が数人。
大した理由も目的もない空洞な人達を惹きつける何かがきっと西口公園にはあるのかもしれない。
気圧の流れで集まった小さな雲達が目的もなく一つの入道雲となって空に浮かんでいる、ここはあんな場所なのかもしれない。
そしてそんな自分もその内の1人なのかも知れない。ダンは自虐的な笑みを口元に浮かべながら楽器を置き、ベンチに座った。
昨夜長年一緒に活動してきたのに解散したバンド「ass kisser」のことよりも、ダンにとっては一緒に暮らしていた女の子のことで頭がいっぱいだった。
あの子はいったい、どこから来たのだろうか。
そして、どこにいってしまったのだろう。
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ダンは普段からよく酒を呑んだ。
顔も整っている方で、女ウケもいい。池袋の西口にあるお気に入りのバーで呑んでは時々女を捕まえては家に連れ帰っていた。
ただ、深酒が過ぎるとしばし記憶を西口の繁華街の何処かに落としたように忘れてしまう。朝起きて横を見ると、全く見覚えのない女が崩れた化粧の顔で小さく寝息を立てていることもよくあった。
そして、その子と会ったときも記憶を飛ばすくらいに深酒した翌朝だった。
初めてみた瞬間に、家に連れ込んだいままでの女の子とは違う印象を受けた。隣で寝た訳でもなく、ダンが起きた時には既に、部屋の片隅にポツンと、まるで部屋の風景の一つのように、壁にもたれかかりながら座っていた。
両手で膝を抱えながら、こちらをじっと見つめてくる瞳はぱっちりと開かれていて、ダンの内面まで全てを覗いているのではないか、と感じる不思議な目だった。
「あ…えと…先に起きてたんだね。」
ダンは流石に、誰?と聞くのは失礼だと思い、そう口にした。一緒に家に来たのに、記憶ないから知らない、とは言えなかった。返事の代わりに女の子はコクリと頷いた。
白いニットシャツ、ショートヘアの黒髪、白い肌。タイプかと言われると分からないけれど、それなりに端正なルックスだった。ただやはり一番の特徴は大きく開いた目だった。あまり化粧が濃くないのに大きく見える。きっとそれなりにモテる女の子なのだろう。
「わたし、ここに居ていいのかな?」
か細くて少し高い声はなぜだかまるでその女の子の口から出たというよりも、直接脳に響くような声だった。とてもよく通る声。きっと女の子が帰らないのは、昨夜一緒に呑んでまだ二日酔いなのだろうとダンは思った。
「あ、うん。いいよ。」
そうダンが答えると、女の子は嬉しそうな顔でニコッと笑った。白い歯が綺麗だった。
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その子が初めてきた日から1カ月ほど経った。二日酔いが治れば帰っていくものだと思っていたのだけれど、その子はずっと住み続けた。かといって、ダンにとって特に困るようなこともないから、追い出す理由もなかった。
毎日、仕事やバンドの練習から帰ると、いつもの部屋の片隅にポツンと座っている。家にいるとよく話すのだけれど、名前とか、どこに住んでるのかとか、そういう質問をダンが投げかけると、その子はことごとく無視した。
もしかすると、家出少女なのかもしれなかった。未成年だったらどうしよう、とも思ったが、とても10代には見えないので聞くのもやめた。それに、いつも面倒な家事をその子は引き受けてくれた。
掃除や料理は全く手をつけないのだが、洗濯だけはダンが家を空けている間に、いつも済ませてくれていた。
そんな不思議な存在なのに、いつしか家に居るのが当たり前になっていて、ダンにとって居て欲しい存在になっていた。
人の出会いも雲の流れのように、フワフワと、偶然を装いながらも、実は気圧の流れによって必然的に出会うのかもしれなかった。次第にダンはその子を好きになっていた。
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週末の夜、ダンはいつもの西口のバーで酒を呑んだ。ヤケ酒だった。バンドの仲間と音楽の方向性の話で意見が分かれるところから話が肥大化して、メンバーと揉めた。
メンバーがみんなして、ダンが異常だと非難した。すこし、ヒステリックになっていた様だ。
その後に一人でヤケ酒。最後に呑んだラムが効いたのかもしれない。ダンが気づいた時には朝になっていた。自宅だった。
こめかみの痛みを払い退けるように寝返りを打つと、女の乱れた髪の毛が顔に当たった。
また、見知らぬ女が横にいた。口を開けて寝ている女の顔がとても醜く見えた。ダンはハッとして、あの子のいる部屋の隅を見た。
その子はダンを無表情で見つめていた。大きな瞳で。
ダンの心の中の焦りとか、無意識に考えだしている言い訳とか、そういったもの全てを知っている上での無表情なのかもしれなかった。
布団から腰まで起き上がったダンの動きに気がつき、隣の女も起きた。
「何?どうしたの?」
女はそう聞きながらダンの視線の先を気になって覗きこむ。
「なぁ、これには訳があってさ…この女、別になんでもないんだ。本当だって。」
狼狽しながらダンは無表情のその子にどうにもならないであろう言い訳をしていた。隣にいた女は本当に意味が分からないといった、呆れた顔をした。
「どういう事?なに言ってるの?マジキモいんだけど。」
そう言って女は起き上がり、転がっていたハンドバックを持って玄関にズカズカと歩いて出て行った。さっきまで壁にもたれて座っていた、あの子もいつの間にか居なくなっていた。
朝からの突然の展開に呆然としながらも、あの子はどこにいってしまったのか。自分のことを失望してしまったのか。昔の私みたいに他の女も家に呼んでいると思われたのではないか。ダンの頭の中に堰を切ったように不安が流れ込んできた。
とにかく、まだ近くにいるであろうあの子を探しに、ダンは家を飛び出した。
外は叩きつけるような雨が降っていた。ものの数秒で着ていた服が重くなり、全身が濡れた。でも、その時のダンにはそんなこと、どうでもよかった。あの子はどこに行ったのか、見つけたら、どんな言葉をかけてでも、謝りたい。許してほしい。その思いだけだった。
しばらく探しても、どこにもあの子は居なかった。雨は更に強さを増していた。
最近時折降りだす、ゲリラ豪雨だった。日常の、当たり前だった生活が一変して変わり果てる様は、今のダンと良く似ているのかもしれなかった。
息が苦しくなって、ダンは路上で膝をついて座りこんだ。息が、呼吸が、苦しくなった。過呼吸だ。まるで呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。どうやって、いままで、生きていたんだろう。
そのまま仰向けに倒れこんだ。息が、苦しい。肺の細胞が一つ一つ悲鳴をあげていた。どんどん、意識が遠のいていく。なぜだか、遠のいていく意識の中で、顔に当たる雨がシャワーみたいで心地良かった。
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ダンが起きた時の窓の外には、大きな入道雲が浮かんでいた。
意識が覚めると、家族とか、友人とかが自分の顔を覗いていて、意識が戻った!と喜ぶものだと思っていたけど、あれはドラマの世界だけらしい。ダンが意識を戻した時には、病室には誰も居なかった。
精神病からくる、重度の精神障害。
そう、医者から説明を受けた。
こんなに頭の禿げ上がった医者に宣告されると、胸くそ悪い思いをダンは感じた。だけど、受け止めるしかなさそうだった。
原因は急激なストレスだった。急激なストレスを感じると、人間は呼吸困難や、ヒステリック、頭痛や目眩といった様々な症状がでる。暫くは安静にするのが一番だ、と言われた。
ただ、ダンの場合は、入院生活の中で幾度となく行われたカウンセリングの結果、総合失調症に似た先天性の精神障害を持っていたらしく、ワードサラダ状態や、自分にしか見えない幻覚、躁などの症状もあったらしい。
入院生活の中で投与される精神安定剤が効いたのか、ダンはただただ日々が退屈だった。あれほど、女の子がいなくなったしまったショックを受けたのに、いまではあまり気にならなくなっていた。ダンにとって、ものすごく遠い日の思い出の中に、あの子はいた。
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楽器ケースからベースギターを取り出す。小さい持ち運びできるアンプと繋いで、軽くチューニングを済ませる。
もう、バンドは解散したのだから、念入りなチューニングも、音合わせも、そして自分の作った曲を気に入ってもらおうとおべっか使う必要も、もう無かった。
ジャーン ジャジャーンと軽く鳴らして、ダンは歌い出した。
キミは僕のセンタクキ
当たり前のようにいつも側にいて
でもボクはきみの
ソンザイにゾンザイで
いなくなってから気づいたんだ
キミが洗ってくれていたのは
服だけじゃ無かったんだよね
キミハボクノセンタクキ
キミハボクノセンタクキ
部屋の片隅にいつもいてくれた
キミハボクノセンタクキ
キミハボクノセンタクキ
ダンが時折指のコードを確認しながら引いていると、いつの間にかダンの視界に、目の前に、あの子がいた。
いつもの座り方で、ダンの歌う姿を見つめていた。あの大きな目で。
やはり西口公園には惹きつける何かがきっと、あるのかもしれない。
ダンはそう思った。