しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

○んこう少女

 

東京では変な事がよく起きる。

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田舎では起きないのか、というとそういう訳ではないのだけれど、様々な悩みや欲望を抱えた人間が多く集まる東京は、人間のエネルギーが渦巻いているのかもしれない。

だから外を歩いてたりすると、ダライ・ラマ5世みたいな女子が鼻息を荒げていたり、気持ち悪いキャップとサングラスのデブが歩いていたり、風俗で詐欺にあったと騒ぎ立てる酔っ払いがいたりする。

そんな人達が交錯する東京。そんな場所に生きている一人一人が僕の横を通り過ぎていく度に、彼らにもいままでの人生があって、何かしらの悩みや欲望があるということが不思議で、思わず感慨に耽ってしまう。そこにはドラマがある。そして何かしらの出来事を見かけると、好奇心旺盛な僕はよく立ち止まって、人間観察をする。


あれはいつだったか。まだ春と呼ぶには早い3月頃、僕は歌舞伎町を一人、ぶらぶらと歩いていた。眠らない歌舞伎町。終電の時間を過ぎてもなお、欲望を満たす一心で動き回る多くの人間が、まるで光に集まる蛾のようにウロウロと彷徨っている。

僕は飲み会の帰りなのだけれど、一緒に呑んだメンバーがどいつもこいつも神奈川とか千葉から来ていたものだから、終電に間に合う時間に帰ってしまい、暇を持て余したまま歩いていた。

「風俗ですか?ギャンブルですか?」無精髭を生やした男や、NHKの笹塚地区の集金担当に似た男のスカウトマンが矢継ぎ早に僕に話しかけてくる。

ガンシカするのも気まずいし、かといって何かしら返答でもすれば彼らはどこまでも付いてくる。それが嫌だから僕は歌舞伎町を歩く時にはイヤフォンを耳の穴に突っ込んでいた。

防音ガラス越しに街を眺めているようで、違う世界を俯瞰しているようだ。僕はただ、音楽サイトからランダム選曲されて流れる音に身を委ねる。

洋楽が何曲か続いた後、邦楽が流れだした。普段邦楽は聴かないので曲を飛ばそうとしたのだけれど、ふとどこかで聞いた曲のような気がしたのでスマホを触る手を止めた。

今日現在(いま)が確かなら万事快調よ…

思い出せない。この特徴のある歌い方やが好きだった。歌詞もかなり独創的だ。書き物が好きな僕としては、この歌詞を書いているのはいったいどんな人なのだろうと気になってしまう。

 そんなことを考えながら音楽を聴いていると、さくら通りの一角に脂汗をかいているつるっ禿げのサラリーマンのオッサンと、地下アイドル界の更に地下みたいな女子がなにやら話し合っていた。
なぜだかオッサンはすこし焦ったように唾を飛ばしながら話している。僕の好奇心が高まった。すこし様子を見てみよう。

「でもさぁ、アンタ、もうメッチャ酔ってるじゃん。酒臭いの私ヤダ。」


「なぁ、頼むよ。今日がいいんだよ。どうしても。」

少女の言葉に対してオッサンが唾を飛ばしながら祈るようにそう言った。酒に酔っているのか、呂律が怪しい。

「嫌よ。どうせ酒で記憶なくなるよ?お金もったいなくなるって。」

どうやらこの状況、援交目的の少女とオッサンの二人の会話らしい。そして少女は泥酔のオッサンとホテルに行くのがたまらなく嫌みたいだ。オッサンが喘ぐように答えた。

「いいんだよ〜明日には覚えて居なくたっていいんだよ〜」

明日には全く憶えて居なくたっていいの

おや、と思った。聴いていた歌詞とオッサン達の会話がシンクロしていたのだ。まぁ、そんな偶然は多々あることだ。更にオッサンと援交少女のやり取りを見続けた。

「なぁ?いいじゃないか。お金だってちゃんと渡すんだから。」

「…いくらくれるの?」

「3万だろぉ〜約束通りの。昨日メールでやり取りしたじゃないか。」

「はぁ!?なに言ってんの?マジ意味不なんだけど。そんなに酒臭いのに同じ金額じゃないじゃない。」

援交少女は呆れたように、キレ気味にオッサンにそう言った。少し狼狽するものの、ここでおずおず帰る気にもなれないオッサン。つるっ禿げの頭から汗が流れ落ちた。

「わ、わかったよ〜。いくら?」

「5万。」

「わかったよ〜。」


昨日の誤解で歪んだ焦点(ピント)は 新しく合わせて


地下アイドル界の更に地下みたいな援交少女が5万請求するのもどうかと思ったが、そこじゃない。
また曲の歌詞がシンクロしたのだ。昨夜のメールでの金額のやり取りは、いわば援助交際の中での焦点だ。

援交少女側とオッサン側の焦点がピタリと一致したときに援助交際は成立する。しかしオッサンが泥酔したことで金額のお互いの焦点がズレてしまった。オッサンはそれを新しく合わせたのだ。


「じゃあさ、ハメ撮りは、今回しないから、もうちょっと、値段落としてくれよ〜」

ハァハァと息を切らしながらオッサンが援交少女に聞く。予算的に厳しいのか、今回はハメ撮りも諦めたらしい。


写真機は要らないわ 五感を持ってお出で


また、曲とシンクロした。もうこれは間違いない。作詞を手がけたのは目の前にいるつるっ禿げのオッサンだ。多分そうだ。絶対そうだ。

僕は思わずオッサンの元へ近寄って確認してみることにした。こんな魅力的な歌詞を生み出す過程から発想まで、根掘り葉掘り聞き出してみたかったのだ。しかし、一手先に援交少女が切り出した。

「やっぱりやめとくわ。マジムリ。」

そう言い捨てると、援交少女はオッサンを残し、歌舞伎町の人混みの中に入っていき、姿を消した。オッサンは慌てふためいた。

「ちょっ、ちょっ、まってくれよー!頼むよ!今夜しかないんだよ〜!」

職場と家庭の往復を繰り返す生活だけのオッサン。そんなオッサンにとってまたとない機会で出逢った援交少女はオッサンの理性のタガを外し、先を考えない、今しか知らないとでも言うような行動を起こさせていたのかもしれない。でもそれがオッサンにとっては非日常的で、オッサンの人生を閃かせていたのかもしれない。

私は今しか知らない 貴方の今を閃きたい

援交少女の消えた方向にオッサンが続いてフラフラと追いかけて行った。これが最後になるかもしれない。もう、援交なんかしないで普通の生活に戻ればいいのだけれど、まだどこか諦められない。そんなオッサンの葛藤が、ネオンの光を浴びて光るオッサンの頭を見ているだけで伝わってくるようだった。

 

これが最期だって光って居たい

 

 

 

やはり、東京では変なことがよく起こる。

結局、オッサンが歌詞を書いていた人だったのか、直接確かめることは出来なかった。が、オッサンの人生という1つのドラマを垣間見ることが出来たのは光栄だ。きっといまでも東京のどこかで、あのオッサンがネオンの光を浴びながら彷徨っているのだろう。

 

翌日になって、あの時のシンクロした曲が誰のアーティストのものだったか確かめることにした。アーティストも曲名も思い出せないから少し手間取ったが、すぐに調べられた。

 

 

 

東京事変というアーティストの閃光少女という曲だった。間違いない、あのオッサンだ。