しらぼ、

松本真青がSFを書くとこうなる。

君に捧げるエンブレム


世の中の常識を不意に押し付けられる事がある。

夜、友人と小汚い立ち飲み屋で酒を飲み交わしながら語りあっていた。

年明け早々僕の語る来年の抱負を、まるで僕が存在しないかのように見事にシカトする友人。もはや会話にならない。

僕のことが嫌いなんじゃないか。とまで感じるのだけど、これは裏を返せば、

「貴様は面白くない話をしている。」と暗に伝えてくれているのかもしれない。こいつとはこれからも仲良くいれそうだ。そんな時、友人が口を開いた。



「君に捧げるエンブレム、面白いよね。」

友人は唐突に僕の話を遮り、話題を変えた。こいつはなにを言ってやがるんだ。冷や汗で背中が湿る。

櫻井翔の演技が上手いよな。」

どうやら友人は最近のドラマなんぞの話を僕にふってきているようだ。僕が大のテレビ嫌いで、観てないことも知っている筈なのに。

僕にとっての限られた情報網といえば、新宿とか渋谷の電光掲示板と電車のつるしんぼと床屋の美味しんぼ位だ。

最近は電光掲示板もない台東区という東京のサイハテみたいな場所に居を構えてしまったものだから、やたらと老人共の浅草の参拝ルートとか鶯谷のホテルの空室事情位しかわからない。

「え?何それ?知らないよ?」

と僕は喉仏まで声がでかかったのだけれど、友人は僕がテレビを観ていないのを知っていて、わざとこの話題を投げかけているのを五感で感じとった。

メディアの情報は一般常識だとばかりの態度だ。こんなもんは押し付けだ。

友人は冷ややかな目で僕を見ている。ここで知らないと言うのも癪なので、知っている程を装う。

「あぁ、あれね!観たよー!エンブレムの奴ね。」

なんせタイトルと櫻井翔しか情報が無いので、これくらいの知ったかぶりが限界である。冷や汗が更に滲む。

あまりにも会話が展開出来ないので、友人の視界の死角でケータイで調べることにした。戦場では情報戦が全てだというのも今ではよく分かる。

タイトルを検索ワードに入れて出すと、流石天下のグーグル。もののコンマ数秒で情報が入ってくる。

友人に今更知らなかったから調べているのをバレるのは嫌なので、大雑把に流し読む。

ふむふむ、国民的ドラマ、櫻井翔、長澤、エンブレム、車椅子、感動。これ位分かれば充分だろう。

友人に呼ばれ、慌ててケータイをしまう。どうやらバレなかったようだ。安堵する。しかし、友人の口から衝撃的な言葉が出てきた。

「俺さ、あのドラマ観てないから教えて欲しいんだよね。ストーリー教えてよ。」

まさか、である。友人の方が知らなかった様で、更に聞くと、正月明けの職場でのドラマの会話が出来ないから、是非とも全容を教えてくれとの事だった。

今更、いや実は…と言えないのが僕の性格なもんだから、とりあえず僕の脚色で説明してあげることにした。以下はその全容である。


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月9ドラマ「君に捧げるエンブレム」



大正3年から大正7年にかけて行われた第一次世界大戦が幕を閉じるところから物語は始まる(補足だが当時は第二次世界大戦は行われていないのでドラマ上では世界大戦と呼ばれている)。

イギリス、フランス、ロシアを中心とした連合国が勝利し、同盟国でもある日本も勝利を収めた。

ドラマの軸になる登場人物は、青島と膠州湾の攻略で同じ部隊に配属された櫻井翔(陸軍中尉)と長澤(陸軍少尉)。

戦地で共にドイツ軍と戦い、そこで意気投合した2人。階級は違えど、まるで兄弟のように親交を深めた2人は帰国後も再開しようと誓いあう。

別々の輸送船で帰った彼らは東京の地で数ヶ月ぶりの再開を果たす。

しかし、そこで櫻井翔が会った長澤の姿は以前とはまるで違っていた。

長澤は櫻井翔と別働隊になった後、戦場で対人地雷を踏んでしまい、右足を太腿から下を失っていた。心配した櫻井翔は尋ねる。

「おい、長澤、その脚、大丈夫なのか?」

しかし、車椅子で登場する長澤の姿は威風堂々としている。

「大丈夫だ。日本男児たるもの、脚の一本くらいで落ち込むものではない。」


それから2人は度々会っては酒を飲み交わし、日本の将来を語りあった。

そんな中で国内では、次々と戦場で成果を出した人物の昇級や賞金が贈られるようになる。櫻井翔もその中で青島の要塞攻略の功により勲章(金鵄勲章)を受けることに。

「おめでとう。櫻井。君は日本の宝だ。」

長澤は友人の表彰を素直に喜んでいる。

「いや、しかし、あの激しい戦闘を乗り越えた我らに違いなんて無いはずだ。長澤、君も勲章に値するよ。」

櫻井翔はそう言うと、長澤はハハハ…と笑う。その表情は喜んでいるようだが、どこか様子がおかしい。

「長澤、どうしたんだ?もしかして…。」

櫻井翔の予感通りだった。長澤は戦地で負傷した後、戦場の簡易の治療しか受けておらず、帰還後もそのままにしていた。

その結果、破傷風になってしまっていた。当時は治療法は明らかにされていた破傷風だが、血清が不足した日本での治療は不可能だった。

「もう俺の命も長くないようだ。ただ、死ぬ前に戦友が立派に勲章を受ける姿を見ることが出来て良かった。」




数日後、長澤は息をひきとった。

長澤の葬儀のシーン。
親族が長澤の遺体に様々な言葉を投げかける。

火葬前の長澤の前に立つ櫻井翔


彼は唯一無二の戦友、長澤に向かって言葉は何もかけない。無言のシーン。


そして櫻井翔は長澤に最敬礼をする。

ここがこのドラマのクライマックスであり、感動のシーンだ。


真の友人同士、会話は要らない。


やがて最敬礼を終えた櫻井翔は、胸に着けたエンブレム、勲章(金鵄勲章)を外し、長澤の遺体にそっと載せる…


ここでこの月9ドラマ「君に捧げるエンブレム」は幕を閉じるのだ。

まさに国民的ドラマ、感動の涙が止まらない。



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と、ここまで僕の語るドラマの全容を、まるで僕が存在しないかのように見事にシカトする友人。もはや会話にならない。



いや、真の友人同士、会話は要らないのだ。