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しらぼ、

松本真青がSFを書くとこうなる。

大丈夫だよ。

大丈夫だよ。

 

 

こんな心強い言葉が他にあるだろうか!

 

 

ストレス社会の現代の中で、常に不安や恐れを抱えながら生きている人々にとってはかけがえのない言葉だ。

 

叱責はもちろんだが、頑張れ!といった言葉も励ましというよりプレッシャーになる方が多分にあるだろう。その中でこの、「大丈夫」という言葉は全身にのしかかる負担を取り除いてくれる唯一の言葉だと思う。

 

 

元々の語源をたどるとこの「大丈夫」というのは和漢異義語というもので、中国の言葉がそのまま伝わってきている。周の時代の成人男性の身長を一丈と表したところから丈夫という言葉が生まれた。

 

大きく、力強い男がいる。そんな安心感が伝わってくる言葉だ。

 

 


そんな、「大丈夫」という言葉をかけられて、心に響いたエピソードが先日あった。

 

 

 

僕は普段、建築現場で働いている。朝、様々な交通機関を使い、現場に着いてから仕事をする。普通の会社員なら職場というのはずっと変わらずオフィスで、通年同じ職場に通い詰めるのだろうが、建築の仕事では現場が変わるたびに朝の通勤ルートも通勤手段も往々にして変わるのだ。

 

 

地元の熊本で働いていた時は公共の交通機関が充実していないので専ら車での通勤だったが、東京ではバスや電車で現場に通うのが主流だ。ただ、それだと作業道具とヘルメットをバックに詰め込んで運ばないといけないので、荷物がかなり重い。それに朝の通勤ラッシュに重なると、デカいバックがかなり他の乗車客の顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまう。やはり車での通勤が1番である。

 

 

先日通い詰めた現場が足立区のとある市民プールの解体現場だった。僕は一つの建築会社で勤めているだけでなく、フリーランスで他社の仕事も受け持つことがあり、この解体現場も他社の仕事だった。

 

 

普通なら電車とバスを乗り継いで現場に向かわなければならないのだが、この会社の高橋さんという五十代のオッサンがとても親切で毎日車で送り迎えしてくれた。

 

 

建築業の職人の世界では、上下関係というのは絶対的なものだ。経験年数が多く、仕事が出来る人ほど偉い。下の人間は仕事もプライベートもなく、上の人の言うことを聞き、使いパシリをして一緒に仕事をすることで技術を盗むことができる。

 

この高橋さんは二十年以上の経験年数の大ベテランで、僕なんてヒヨッコ同然なのだけれど、威張ることもなく、毎日迎えに来てくれた。僕は嬉しい以上に申し訳ない、いたたまれない気持ちになった。

 

 

ある朝、高橋さんの運転で現場に向かう際、僕はそんな胸のうちを伝えた。

 

「高橋さん、毎朝いつも送り迎えさせてしまってすみません。」

 

 

礼儀とかではなく、本心だった。

 

高橋さんはそれを聞いて、フッと鼻で笑いながら答えた。

 

 

 

「なぁに、そんな礼なんか要らないよ。これが俺の役割なのさ。」

 


「でも、僕なんて現場に直接行くのが当たり前なのに、わざわざ来て貰っているから…」

 

そう言った僕に高橋は優しく、語りかけてくれた。

 

 

 

 


人にはそれぞれ、役割があるのだと。

世の中には色んな人がいる。

そして色んな仕事があって、色んな役目がある。毎朝電車に揺られるサラリーマン、街を巡回するお巡りさん、商品を並べるコンビニのアルバイト、そして僕ら建物を作ったり、壊したりする職人。自分にはサラリーマンもお巡りさんもコンビニ勤めも出来ないけれど、足場鳶の仕事ができる。

 

出来ないことを恥じる必要なんて無い。自分の役割を果たせば堂々と生きていける。朝、同じ現場で働く仲間を車で送り迎えするのも自分の役割なだけ。

 

 

と高橋さんは言ってくれた。

 

ハンドルを握りながら、何気なくそう言ってくれる高橋さんの姿が、大きく、そして力強く見えた。職人の魂のようなものが垣間見えた気がした。

 

建築業の人なんてほとんどがアル中とか前科持ちとか、社会のルールも守れないろくでもない人ばかりなのに、この人は違う。そう感じた。

 

 

 

 

胸が熱くなった。
感謝の念がこみ上げてくる。

 


だから余計に、申し訳ない、とも思ってしまい、つい言ってしまった。

 

 

「せめて運転だけでも代わりたいんですけど…すみません。運転免許が無いんです。」

 

 


僕は元々免許を持っていた事、それが剥奪され、今は持っていない事を伝えた。日頃人に言う話では無いのだけれど、高橋さんにならなんでも話せるような、そんな気がした。

 

 


高橋さんはそれを聞いて、フッと鼻で笑いながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ。俺も免許ないから。」