後悔はしたくない。その一心だった。荷物をそそくさとまとめ、駅に出た。ここからの乗客は居ないのか、すぐさま走り出す電車。ホームには3人の影が取り残された。その時、ユウキは言った。
「まっ、さっきの話、ウソなんだけどな。」
「う、ウソだと?マジかよ〜期待して損しちゃったよ〜。」
「ほら、俺徳山に親戚の家があるから、今日はそこに泊まろうぜ。」
あはは、と笑う2人を少し離れたところから見ていた僕は、ガクガクと震えていた。
もちろん、一月の寒さではない。見ず知らずの土地にカズの陰謀によって放り出されてしまったのだ。なんもないだろ、ここ。
次着の電車が来るまではおよそ2時間程度。ホームで1人待つなんてあまりにもバカバカしいので、僕は徳山を探索することにした。
改札を抜けて表へ。綺麗なイルミネーションの駅前をみると、なんだ、なかなか栄えておるではないか。と少し安堵する。またしばらく歩きつづけてみる。
結局、商店街を見てみるともう、シャッター通りとなっていた。閑散としていて人の姿もない。正月だってのに、なんでこんなに寂れているんだ。田舎の過疎化も本当に深刻な問題だ。
しばらく歩くと、お、それらしい店があった。寂れた雰囲気と、妖しげに光るネオン。もしかして、、って思ったけれどここは風俗店ではなくてキャバクラだった。どうやらポールダンスのショーなどもやっているようだ。桃太郎、いい名前じゃないか。
さらに歩くと公園が。徳山市民はイルミネーションが好きらしい。沢山のカップルと、シャボン玉で遊ぶ親子に紛れながらただ1人ぽつねんと佇む僕。リア充公園。なんて正月なんだ。
徳山の街は何もない。イルミネーションの光に照らされたリア充と鬼が出てきそうな桃太郎。この街はギャルとかおっぱいとかは無縁のようだ。早く、電車に乗って次の街へ行こう。そう思いながら駅へ向かった。
しばらく歩いていると、ポツンと一軒の屋台があった。そこには、まるでこの街のイルミネーションとは正反対の、小汚い、でもどこか懐かしいような灯りがついていた。灯りに集まる虫の様に、僕は自然と吸い込まれるように暖簾を潜る。
『へいへい、こんばんは。』
中にいたのは1人の爺さんだった。とても愛想の良さそうな、人当たりの良さが分かる顔だ。おでんの汁をかき混ぜていた。
とりあえず、酒を頼んだ。なみなみと注がれたコップが目の前に出される。
一口啜る。ぽうっ、と身体が温まる。そのままおでんを二つ三つ選んだ。
『この辺の人じゃあないねぇ、何処からきたんだい?』
僕の着ていたピンク色のド派手なジャケットがあまりにもこの街に馴染まないのだろう。やはり旅行客だと分かったようだ。
「あ、熊本から来ました。」
『へぇ!珍しいねぇ!親戚でもいるのかい?』
それはユウキだろ!と思ったけどこの爺さんには分かるはずもないので辞めた。
「いえ、鈍行の列車できました。旅行です。」
一瞬、なんだこいつキチガイだな!みたいな顔されてしまったけど、そうなんですか、そういうこともあるんですねぇ、なんて適当に相槌をうつ爺さん。わかんなくていいよ、もう。
そこからなんだかんだと会話が弾んだ。爺さんの出身が福岡だとか、この屋台を50年くらい続けているだとか(このときは仕返しにキチガイかよ!みたいな顔してやった)、いろんな人がいるもんだなぁ。と感慨にふけった。自然と杯も進んだ。
うぃーっす!
背後から暖簾を潜って1人のおっさんがにょろっと入ってきた。爺さんはアイヨっと瓶ビールを置く。どうやら今きた客は常連の様だ。もう何処かで呑んできたのか、いい感じに酔っていて、気さくに話してくれた。僕の電車の話をしたときはもれなく、こいつキチガイだな!みたいな顔になっていた。逆に僕はおっさんに正月は何をして過ごしていたのか、聞いてみた。
『いやぁ、オレね、今日が姫はじめだったんですわ。』
どうやらこのおっさん、今日の昼間にホテルにデリヘルを呼んで、それが今年の姫はじめだったらしい。もうこのブログのネタの為に登場した人物かってくらいタイミングのいい話だ。思わず身を傾ける。
「良かったですね、おめでとうございます。」
僕がそういうと、嬉しそうな顔でもするのかと思いきや、おっさんは少し寂しそうな顔になった。
『いやぁ、そうでもないんだよ、これが。』
空いた瓶を爺さんに渡して新しいビールをグラスに注ぐと、おっさんはその経緯を教えてくれた。
おっさんには、いつも指名しているデリヘル嬢の子がいるらしく(残念ながらギャル巨乳ではなかった)、かなりの清楚系、芸能人でいうところのSKE46の47番目みたいな感じらしい。その子が年末年始、しばらく風俗の出勤情報に載っておらず、まさか風邪か?インフルエンザか?などと心配していたが、無事に今日から出勤になっていた。おっさんがデリヘルに電話を掛けて指名して予約を済ませ、いざホテルにその子が来たときには、なんと、いままでの清楚系から一転、めちゃくちゃ派手な金髪に変貌していたそうだ。
「最近流行ってますし、いいじゃないですか。」
そう僕がフォローしたものの、おっさんは悲しみから怒りの表情へ変貌した。
『ちがうんだよ!オレの知ってるアカリ(仮名)は、そんな奴じゃないんだよ!』
グイッと傾けて空になったグラスをドンっと叩きつけたおっさん。
『アカリは、他の悪い男にそそのかされているんだ!しかもオレに内緒で!そうじゃないと、あんな金髪にはならねぇ!』
気持ち悪いおっさんだ、風俗嬢にハマってる気持ち悪いおっさんだ、と思いつつも、その覇気の前にはそれを口にすることは出来なかった。僕にとってはそもそもギャルじゃないし、巨乳じゃないなら論外だわ。
そのときは、爺さんはまたいつものコレか、ってな具合の無視で、新聞を広げて読んでいた。きっと爺さんも巨乳ギャルにしか興味ないのだろう。
ごちそうさま。僕は金を払い、爺さんに簡素な礼を告げて暖簾の外に出た。おでん屋はいいお店だった。夜風が冷たくなっていた。首元を縮こませながら駅へと急いだ。腕時計を見る。
21時を少し過ぎた頃だった。
間に合う。まだ、広島に行ける。
21時21分。ちょうど駅のホームに着いた頃に電車が到着した。広島駅まではここから岩国駅で乗り換えが1回。2時間で着く。つまり、日付は超えないのできっぷの期間内で間に合う。
なぜ徳山に来てしまったのか。全てはあの2人の青春18きっぷ共のせいだ。次見かけたら髪の毛金髪にしてやるからな!
そう呟き、涙目で車窓の外を眺めると、そこには徳山の綺麗なイルミネーションが瞬いていた。