年が明けた。
2020年、1月1日。令和に改元されてから初めての正月。世の中は浮かれていた。そして当然、浮かれて軽トラとかひっくり返しちゃう渋谷の街も浮かれていて、そこに住むイカれた住人も浮かれていて、この僕も相当に浮かれきっていた。
毎年のこの浮かれきった時期はいつもなら歌舞伎町でおっパブの女の胸の谷間に顔を埋めながら新年の抱負を考えたりしてるのだけど、今年はついに東京を離れることに。
友人に正月に熊本に帰ってこい!との誘いを受け、いつもならアホみたいな飛行機代がもったいないから断るのだけど、なぜか奇跡的に元日の夕方の便が1万3000円で残っており、こりゃしめたわい、しかも羽田空港からやないかい、と勢いで購入。
さて行きますかって時に帰りの飛行機の便を買っていないことに気づいてしまい、膝から崩れ落ちてしまった。慌ててネットで金額を見ても、殆どが2.3万円オーバー。
こりゃあヒッチハイクでもするかって考えたものの、連休中の高速道路の鬼渋滞ではとてもじゃないが東京まで行ける気がしない。よっぽど面白い運転手に巡り会えないと知らない人と長時間気まずい思いを強いられる。
となるとやはり、アレしかないでしょう。
僕はこんな困難が立ち塞がっても臨機応変、縦横無尽、花弁大回転なわけだ。
そう、青春18きっぷを使うのである。
説明しよう!(富山敬風)
青春18きっぷ(せいしゅんじゅうはちきっぷ)は、旅客鉄道会社全線(JR線)の普通列車、快速列車が12,050円(大人、子供同額)で1日乗り放題を5回利用可能[1]となる、販売および使用期間限定の特別企画乗車券(トクトクきっぷ)である。
利用期間は学生・生徒がおおむね長期休暇(春休み・夏休み・冬休み)に入る期間で[2]、その開始約10日前から終了日の10日前まで発売される。
春季[7]
発売期間:2月20日- 3月31日
利用期間:3月1日- 4月10日
夏季[7]
発売期間:7月1日- 8月31日
利用期間:7月20日- 9月10日
冬季[7]
発売期間:12月1日- 12月31日
利用期間:12月10日- 1月10日
ゴールデンウィークは利用期間に含まれていない。なお、秋は、秋の乗り放題パス(2012年[8]から[9]。2011年までは鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ)が発売されている。
払い戻しは、利用期間内で5回とも未使用の場合に限り取扱箇所で行える(220円の払戻し手数料がかかる[10])。利用期間が終了した後は5回とも未使用でも払い戻しは受けられない。列車の運休・遅延等による場合など、いかなる理由でも一度使用開始した回(日)の取消はできず、払い戻しおよび利用期間の延長もできない。利用期間が終了したきっぷは5回使用していなくても無効となり、次の利用期間にまたがって使用することはできない。
(Wikipedia引用)
青春18きっぷは結構マイナーなやつであまり認知されていない。もっぱら買うのも鉄オタとかよっぽどイカレタ暇野郎しか使わない。だがメリットさえ理解していればとてつもなく便利なのである。
気合い入れて電車で行けば、ハイシーズンでも東京〜熊本間を2410円で行ける。数年前にはお盆のシーズンにこの技を駆使して帰省したブログも書いたので是非。無くしものをしないようにしよう - しらぼ、
早速僕はホッとして更に浮かれながら、なんなら鼻歌でも歌いながら渋谷駅のみどりの窓口に向かった。
「すぅーいませぇーん!」
浮かれ暇野郎が受付に声をかける。
「はい、どういたしましたか?」
正月のくせにクールな窓口のお姉さん。
どうせ職場の同僚がみんな彼氏と初詣とか行っちゃって、それでもアタシは彼氏いないから仕事。正月からシフトに入ってていいことなし。どうせ実家に帰ってもうるさい両親と猫のタマしかいないし。アタシもそろそろ結婚相談窓口でも行ってみようかしら。仕事ですか?みどりの窓口です。アタシの窓口もご用意してますよ?くらい攻めの姿勢でいこうかしら。
とか、ふてくされてるんだろう。僕が付き合ってもいいぞ。
「僕で良ければ。」
「はい?」
うっかり妄想のまま会話してしまったもんだから、完全に変人を見る目で見られてしまった。
「あ、いやっ、すいません、あのー、青春18きっぷを買いたいんですけど。」
「ありません。」
「…ンえっ!?あの、青春18き…」
「ありません。」
やってしまった。お姉さん正月に彼氏と初詣できない上に興味ない男が青春青春言ってくるから怒ってしまったのかな?っと思ったら普通に販売期間終了してた。1日はもう売ってないやん。さっきの説明にも書いてるやん。また膝から崩れてしまった。
残る手段は一つ。金券ショップを回って青春18きっぷを買うしかない!渋谷から電車移動して飛行機のチェックインを済ませるまでの時間を計算すると、残り30分。急がねば。
携帯で金券ショップの場所を調べる。何箇所か候補が上がってきて片っ端から電話をかける。繋がらない。正月休みなのだろう。寒空の中、額から冷や汗が垂れる。
いや、もしかすると電話に出ないだけで店は開いているのでは、と思い、足を動かす。店舗の前に行くと、どこもシャッターが降りている。営業開始は5日からです。と抜けしゃあしゃあと書きなぐってある。こちとら生活がかかっとるんだ、頼むぞマジで。
2、3店舗回った。
もう諦めてみどりの窓口のお姉さん口説いて青春18きっぷ発行させる作戦でいこう、なんならお姉さんの分も発行して、さあ、お待たせ、初詣に行こうなんて言って手を差し伸べて一緒に旅に出よう、そして戻るのはみどりの窓口じゃないよ、区役所の婚約届の窓口だよ、とか言えばいけるだろ!ワンチャンいける!ワンチャンワンチャン!ってところまで考えてたら奇跡的にも金券ショップが開いていた。
そして五枚綴りのは無く、二枚のみ、つまり2日分の青春18きっぷが売っていた。6000円。通常より割高。背に腹は変えられん。急いで買って渋谷駅に向かった。
みどりの窓口の脇を通り、山手線のホームへ。
みどりの窓口のお姉さん、すいません、僕はもう旅立つときが来たのです。僕のことは忘れてください。もし運命が、そう、まるでロミオとジュリエットのように、2人をまた呼び寄せるその時が来るまで、さようなら。とか考えてたら山手線逆方向乗ってしまった。慌てて折り返す。
空港に着く。
飛行機の手荷物検査ギリギリに入り込んだ。
搭乗口までなかなか遠い。アナウンスが流れる。どうにか間に合った僕は飛行機に乗り込み、指定された席に着いた。
機体が陸を離れ、空を舞う。
離れていく東京。
そしてやってくる熊本。
そこからの長い旅。
期待に胸が膨らむ。
ポケットの中には、なんとか手に入れた一か八かの青春18きっぷ。だから18きっぷなのね。とか思いつつ、みどりの窓口のお姉さんに想いを馳せ、眼をを閉じた。