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しらぼ、

松本真青がSFを書くとこうなる。

「時間にルーズ過ぎるのは人としてクソだな!」


「晴海埠頭行 6時59分着」と電光掲示板に輝く文字を見ながら、僕はワナワナと震えていた。背後にはローソン、正面にはバス停を見据える位置。そして、早朝の空は青く澄んでいて、どこまでも高い。

腕時計を見ると7時。だが来るべきバスの姿は未だにない。続けて電光掲示板に映る文字には、「4分後到着」とある。

なぜ震えているのかというと、僕は当然ウンコをしたい訳で、そこの説明はあまり必要なさそうなので割愛する。

ではなぜブルブルとではなく、ワナワナと震えるのか。ここには決定的な違いがある。

人が恐怖に追い込まれた時、他に手段もなく、恐れおののきながら震えてその時を待つしかない、そんな時の震えは「ブルブル」と震えるものだ。

だが、そこに僅かながらでも選択肢があったり、可能性があるとすれば。そこには迷いも混じり、「ワナワナ」と震える訳だ。

ただ、都道304号線を通り過ぎる通行人から見れば、ブルブルもワナワナも変わりなく、ただのキチガイがバス停で震えている様にしか見えない。

ここでいう選択肢とは、4分後の到着までの間に背後のローソンで速やかにウンコを済ませてしまうか、4分待ってバスに乗り込み、仕事場で悠久の時を味わうか、この二択だ。普通に考えれば迷いなくローソンに駆け込む。

ただ、ここで考慮しなければいけないのがいくつかあって、まずバスが時刻通りに到着するかだ。

遅延がない限りは正確な発着時刻を守る電車に対して、バスは道路の様々な交通状況に左右されてか正確に来るということはほとんどない。

道路走ってんだから時間通りじゃなくても当たり前じゃないかぐらいの顔でバス停に到着するくせに、発車する時間はシビアで、予断なく走り去っていく。なんとも高飛車な野郎だ。

一度6時59分に遅れて来たバスが、果たして正確に4分後に来るのか。そんなことは信用ならない。人の信用は築くのは難しいが、壊すのは簡単だとよく言うが、バスも同じようなものだ。信用なんてするものじゃない。

「時間にルーズ過ぎるのは人としてクソだな!」

心の中で叫んだ。

もし4分後のバスに乗り遅れた場合、次の発着時刻は更に20分後の7時24分。これだと絶対に僕は仕事に遅刻する。

さてどうしよう、ワナワナと震えながら考えているといつの間にか、あと1分で到着と電光掲示板には改めて表示されていた。

1分でローソンに駆け込んで用を足してバスに乗り込むなんて、そんな箱根駅伝の後半の区間の鮮やかなバトンパスみたいなアクロバティックはできない。

下手すればレジ前で脱糞して、「ポンタカードなんかありましぇん!」と叫ぶような阿鼻叫喚な姿しかない。黒板なんかあればバンっと叩いて髪を振り乱す。

でもなんというか、自然の力には人間はいつの世も太刀打ちできないのであって、限界を超えた腹痛に負けた僕はタヌキみたいな体勢でヨロヨロとトイレに入る。

数分後半ば諦めた感じでローソンを出る。もう出すとこ出したんだから、仕方ないじゃないか。そんな境地だ。

その時、ローソンの表には一台のバス。晴海埠頭行と煌々と照らされた電光表示。

僕のウンコ、待っててくれたのか。信用しないなんて言ってしまってごめんね?今度お詫びに一緒にドライブいこうね、バスで。

バスに乗ろうとしたその時、無残にもプシューッっという音と共に閉まる扉。

え、ウソだろ。僕は呆然と立ち尽くした。ガラス越しに運転手と目が合う。

ザマァみろとばかりに、ニヤっとする運転手。僕はブルブルと震えながらバスを見送った…。

結局その後の24分着のバスも遅れて35分くらいに到着し、仕事場に30分程遅れての遅刻。ペコペコと頭を下げていると、職場の人からの一言。

「時間にルーズ過ぎるのは人としてクソだな!」

そうだよ、ウンコしてたんだよ。