しらぼ、

松本真青がSFを書くとこうなる。

青春を独り占め

袋とじが消えた。

あんなに暑かった夏が終わりを告げ、いつの間にか季節が変わりゆく様に、それは消えた。

物質が音を立てて崩れ消えていくような激しさもなく、さざ波が砂浜でうっすらと砂に潜りこんでいく潮の余韻のようだ。

雑誌の袋とじのあるはずのページを開くと、どこか淋しげに袋とじの切り取った余紙が、もうしわけなさそうに少しだけ残っていた。

いつもは成人雑誌なんて読まないし、買うこともない。専らXVIDEOを観るくらいだ。ただ、コンビニに置かれた雑誌の表紙に書かれていた、「青春を独り占め!袋とじ18P!」という文章が僕を魅了した。

 

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何らかの文章を書く人間は絶えずアンテナを張っていて、世の中の溢れかえる情報から心の奥の奥に眠る何かを鷲掴みにするような文章を見つけたときは心が震えだすのだ。

 

思わず足が止まる。唾を飲む音が聞こえた。よく行くコンビニのレジに立つ美人の店員にこの雑誌を買う僕の姿を晒す事には多少の躊躇があったが、それでも僕は買った。僕の青春は店員さんのものではなく、僕のものなのだ。

 

青春を独り占めしたかったのだ。

 

ただ、絶対読まないであろうスポーツ新聞を雑誌の上に重ねてレジに置いたのに、店員さんはちゃんと色のついたビニル袋と分けて入れてくれた件についてはここでは書かない。

 

 

 

すぐ開ければ良かったのかもしれない。だが、僕はこの雑誌の文章の余韻を愉しみたくて、袋とじには手をつけなかったのだ。

 

写真や映像は脆く、危うい。想像の範囲が決まっていて、目に映る情報のままにしか事実が伝わってこない。干しぶどうみたいなミイラは何度繰り返し観ても干しぶどうみたいなミイラでしかないのだ。

しかし、文章は違う。文章の中で登場人物に「女」と出てくるだけで、読み手は皆想像の中で多種多様な女をイメージする。読み手によって、髪型も声質も体型も、何もかもが違う。情報が曖昧な分、イメージは美化されるし、想像を愉しむことができる。

今年はVR元年とも言われ、メディアはどこまでも発展していくのかもしれないが、文章というメディアは退廃しないはずだ。

 

成人雑誌を手に取ったあの日から一週間、僕は袋とじを開けずに表紙を観るだけだった。職場の机に置かれた成人雑誌のタイトルは時が流れても遜色なく、そこにあった。

 

でも余韻を愉しみたい、というのはもしかしたら去勢で、本当は袋とじを開けるのが怖かっただけなのかもしれない。そろそろ袋とじを開けてもいいか。そう思った。

 

パラパラとページを捲り、袋とじのページを探した。すぐに雑誌の膨らみで分かると思ったのに、最後のページまで辿りついてしまう。おかしいな、18Pもある袋とじだから、捲る途中で気づかないはずはないのに。

 

その時に感じた、嫌な予感はきっと理屈的なものじゃなく、無意識的なものだった様に思う。

 

注意深くもう一度確認すると、袋とじがあったであろうページがあった。冒頭にも書いたが、そこには袋とじが明らかに何者かによって破りとられた痕跡があった。

 

思わず周りを見渡した。いつもの職場の休憩所の風景と職場の同僚達。全てが敵に見えた。自分の表情が疑心暗鬼に歪んでしまっていないか怖かった。なぜだか、僕が袋とじを盗まれてしまった事を、誰にも知られたくなかった。

 

僕の袋とじを破りとったのは誰なのか。

全員を問いただしたい欲求が僕の心を満たしたが、かといって人を疑うのも嫌だった。僕の全身を駆け巡ったのは、怒りとか悲しみとかとも違う、亜人のようなよく分からない感覚だった。もはや人間じゃない。

 

どうしても袋とじの中身が観たかったのかと訊かれると違う。だけど、こうして袋とじが無くなった事実を目の当たりにすると、なぜだか余計に袋とじの中身が見たくなった。僕は席を立ち、コンビニに向かった。

 

 

今度は新聞も買わずに雑誌だけをレジに置いた。流石に同じ成人雑誌を2度買う客を見て美人店員さんは怪訝そうな顔したが、、いまはそれどころじゃない。僕の青春を取り戻す為には手段は選ばなかった。僕はただ、

 

青春を独り占めしたかったのだ。

 

コンビニを出て、外で色のついたビニル袋からおもむろに雑誌を取り出す。ページを捲るとすぐに念願の袋とじがあった。思わず震える手で、僕は袋とじを引き裂いた。

 

袋とじの中にはいかにも青春を謳歌している様な若い男に貪るように絡みつく、ブッサイクな熟女が18Pに渡って写っていた。「青春を独り占め」ってそういう事か。

僕の頬を一筋の涙が流れていった。