しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

キミハボクノセンタクキ

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強い陽射しに照らされた西口公園は月曜日の昼間とあって、閑散としていた。早口で喋る中国人、ポケモンGOをしているだろう姿の若者が数人。

 

大した理由も目的もない空洞な人達を惹きつける何かがきっと西口公園にはあるのかもしれない。

 

気圧の流れで集まった小さな雲達が目的もなく一つの入道雲となって空に浮かんでいる、ここはあんな場所なのかもしれない。

 

そしてそんな自分もその内の1人なのかも知れない。ダンは自虐的な笑みを口元に浮かべながら楽器を置き、ベンチに座った。

 

昨夜長年一緒に活動してきたのに解散したバンド「ass kisser」のことよりも、ダンにとっては一緒に暮らしていた女の子のことで頭がいっぱいだった。

 

あの子はいったい、どこから来たのだろうか。

 

そして、どこにいってしまったのだろう。

 

 

 

 

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ダンは普段からよく酒を呑んだ。

 

顔も整っている方で、女ウケもいい。池袋の西口にあるお気に入りのバーで呑んでは時々女を捕まえては家に連れ帰っていた。

 

ただ、深酒が過ぎるとしばし記憶を西口の繁華街の何処かに落としたように忘れてしまう。朝起きて横を見ると、全く見覚えのない女が崩れた化粧の顔で小さく寝息を立てていることもよくあった。

 

そして、その子と会ったときも記憶を飛ばすくらいに深酒した翌朝だった。

 

初めてみた瞬間に、家に連れ込んだいままでの女の子とは違う印象を受けた。隣で寝た訳でもなく、ダンが起きた時には既に、部屋の片隅にポツンと、まるで部屋の風景の一つのように、壁にもたれかかりながら座っていた。

 

両手で膝を抱えながら、こちらをじっと見つめてくる瞳はぱっちりと開かれていて、ダンの内面まで全てを覗いているのではないか、と感じる不思議な目だった。

 

「あ…えと…先に起きてたんだね。」

 

 

ダンは流石に、誰?と聞くのは失礼だと思い、そう口にした。一緒に家に来たのに、記憶ないから知らない、とは言えなかった。返事の代わりに女の子はコクリと頷いた。

 

 

白いニットシャツ、ショートヘアの黒髪、白い肌。タイプかと言われると分からないけれど、それなりに端正なルックスだった。ただやはり一番の特徴は大きく開いた目だった。あまり化粧が濃くないのに大きく見える。きっとそれなりにモテる女の子なのだろう。

 

「わたし、ここに居ていいのかな?」

 

か細くて少し高い声はなぜだかまるでその女の子の口から出たというよりも、直接脳に響くような声だった。とてもよく通る声。きっと女の子が帰らないのは、昨夜一緒に呑んでまだ二日酔いなのだろうとダンは思った。


「あ、うん。いいよ。」

 

そうダンが答えると、女の子は嬉しそうな顔でニコッと笑った。白い歯が綺麗だった。

 

 

 

 

 


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その子が初めてきた日から1カ月ほど経った。二日酔いが治れば帰っていくものだと思っていたのだけれど、その子はずっと住み続けた。かといって、ダンにとって特に困るようなこともないから、追い出す理由もなかった。

 

毎日、仕事やバンドの練習から帰ると、いつもの部屋の片隅にポツンと座っている。家にいるとよく話すのだけれど、名前とか、どこに住んでるのかとか、そういう質問をダンが投げかけると、その子はことごとく無視した。

 

もしかすると、家出少女なのかもしれなかった。未成年だったらどうしよう、とも思ったが、とても10代には見えないので聞くのもやめた。それに、いつも面倒な家事をその子は引き受けてくれた。

 

掃除や料理は全く手をつけないのだが、洗濯だけはダンが家を空けている間に、いつも済ませてくれていた。

 

そんな不思議な存在なのに、いつしか家に居るのが当たり前になっていて、ダンにとって居て欲しい存在になっていた。

 

人の出会いも雲の流れのように、フワフワと、偶然を装いながらも、実は気圧の流れによって必然的に出会うのかもしれなかった。次第にダンはその子を好きになっていた。

 

 

 

 

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週末の夜、ダンはいつもの西口のバーで酒を呑んだ。ヤケ酒だった。バンドの仲間と音楽の方向性の話で意見が分かれるところから話が肥大化して、メンバーと揉めた。

 

メンバーがみんなして、ダンが異常だと非難した。すこし、ヒステリックになっていた様だ。

 

その後に一人でヤケ酒。最後に呑んだラムが効いたのかもしれない。ダンが気づいた時には朝になっていた。自宅だった。

 

こめかみの痛みを払い退けるように寝返りを打つと、女の乱れた髪の毛が顔に当たった。

 

また、見知らぬ女が横にいた。口を開けて寝ている女の顔がとても醜く見えた。ダンはハッとして、あの子のいる部屋の隅を見た。

 

その子はダンを無表情で見つめていた。大きな瞳で。

 

ダンの心の中の焦りとか、無意識に考えだしている言い訳とか、そういったもの全てを知っている上での無表情なのかもしれなかった。

布団から腰まで起き上がったダンの動きに気がつき、隣の女も起きた。

 

「何?どうしたの?」

 

女はそう聞きながらダンの視線の先を気になって覗きこむ。

 

「なぁ、これには訳があってさ…この女、別になんでもないんだ。本当だって。」

 

狼狽しながらダンは無表情のその子にどうにもならないであろう言い訳をしていた。隣にいた女は本当に意味が分からないといった、呆れた顔をした。

 

「どういう事?なに言ってるの?マジキモいんだけど。」

 

そう言って女は起き上がり、転がっていたハンドバックを持って玄関にズカズカと歩いて出て行った。さっきまで壁にもたれて座っていた、あの子もいつの間にか居なくなっていた。

 

朝からの突然の展開に呆然としながらも、あの子はどこにいってしまったのか。自分のことを失望してしまったのか。昔の私みたいに他の女も家に呼んでいると思われたのではないか。ダンの頭の中に堰を切ったように不安が流れ込んできた。

 

とにかく、まだ近くにいるであろうあの子を探しに、ダンは家を飛び出した。

 

外は叩きつけるような雨が降っていた。ものの数秒で着ていた服が重くなり、全身が濡れた。でも、その時のダンにはそんなこと、どうでもよかった。あの子はどこに行ったのか、見つけたら、どんな言葉をかけてでも、謝りたい。許してほしい。その思いだけだった。

 

しばらく探しても、どこにもあの子は居なかった。雨は更に強さを増していた。

 

最近時折降りだす、ゲリラ豪雨だった。日常の、当たり前だった生活が一変して変わり果てる様は、今のダンと良く似ているのかもしれなかった。

 

息が苦しくなって、ダンは路上で膝をついて座りこんだ。息が、呼吸が、苦しくなった。過呼吸だ。まるで呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。どうやって、いままで、生きていたんだろう。

 

そのまま仰向けに倒れこんだ。息が、苦しい。肺の細胞が一つ一つ悲鳴をあげていた。どんどん、意識が遠のいていく。なぜだか、遠のいていく意識の中で、顔に当たる雨がシャワーみたいで心地良かった。

 

 

 

 

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ダンが起きた時の窓の外には、大きな入道雲が浮かんでいた。

 

意識が覚めると、家族とか、友人とかが自分の顔を覗いていて、意識が戻った!と喜ぶものだと思っていたけど、あれはドラマの世界だけらしい。ダンが意識を戻した時には、病室には誰も居なかった。


精神病からくる、重度の精神障害
そう、医者から説明を受けた。

 

こんなに頭の禿げ上がった医者に宣告されると、胸くそ悪い思いをダンは感じた。だけど、受け止めるしかなさそうだった。

 

原因は急激なストレスだった。急激なストレスを感じると、人間は呼吸困難や、ヒステリック、頭痛や目眩といった様々な症状がでる。暫くは安静にするのが一番だ、と言われた。

 

ただ、ダンの場合は、入院生活の中で幾度となく行われたカウンセリングの結果、総合失調症に似た先天性の精神障害を持っていたらしく、ワードサラダ状態や、自分にしか見えない幻覚、躁などの症状もあったらしい。

 

入院生活の中で投与される精神安定剤が効いたのか、ダンはただただ日々が退屈だった。あれほど、女の子がいなくなったしまったショックを受けたのに、いまではあまり気にならなくなっていた。ダンにとって、ものすごく遠い日の思い出の中に、あの子はいた。

 

 

 

 

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楽器ケースからベースギターを取り出す。小さい持ち運びできるアンプと繋いで、軽くチューニングを済ませる。

 

もう、バンドは解散したのだから、念入りなチューニングも、音合わせも、そして自分の作った曲を気に入ってもらおうとおべっか使う必要も、もう無かった。

 

ジャーン ジャジャーンと軽く鳴らして、ダンは歌い出した。

 

 


キミは僕のセンタクキ

当たり前のようにいつも側にいて

でもボクはきみの

ソンザイにゾンザイで

いなくなってから気づいたんだ

キミが洗ってくれていたのは

服だけじゃ無かったんだよね

キミハボクノセンタクキ

キミハボクノセンタクキ

部屋の片隅にいつもいてくれた

キミハボクノセンタクキ

キミハボクノセンタクキ

 

 

 


ダンが時折指のコードを確認しながら引いていると、いつの間にかダンの視界に、目の前に、あの子がいた。

 

いつもの座り方で、ダンの歌う姿を見つめていた。あの大きな目で。

 

 


やはり西口公園には惹きつける何かがきっと、あるのかもしれない。

ダンはそう思った。