しらぼ、

松本真青がSFを書くとこうなる。

実録。教団Xに潜入してきた。


「あなたは神を信じますか?」



きたっ、この言葉だ。目を閉じて座っている僕は思わず瞼の暗闇の中で聞こえる声に敷物の端を、ぎゅうっと握りしめていた…






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世界には様々な宗教がある。

お祈りをして、「アーメン」(ヘブライ語で、[確かに]の様な意味)と唱えるキリスト教や、ムハンマドを通じて神の教えを広げたイスラム教、インドで広められた仏教。

これらは世界的にも有名な宗教で世界宗教とも呼ばれているが、更に分派されたり、新興宗教が生まれたりなどしていて膨大な数の宗教団体が存在する。


とりわけ日本に於いては世界で一番といって良いほどに宗教に関しては寛容で、なんと18万以上もの宗教が存在する。

神社やお寺といった、日本の行事に馴染んでいる宗教や家族で継がれていく形態の宗教、中には危険思想の強いものやカルト的な団体も数多にある。僕の知人にもおにぎりを三角に握ったのはフリーメイソンだと豪語するキチガイがいたりする。



なぜこれだけ宗教団体が存在するのか。答えは単純である。コンビニやファストフード店が急増したのと同じことで、需要があるからだ。

それだけ現代社会における個人の精神的な不安は大きいということだ。藁にもすがる思いで陰日向のような生活に一縷の希望を求めるのだ。精神病や自殺の増えた昨今、新しく入信するのは10代、20代の将来に不安を抱えた若者や、精神的弱者が多い。


だが僕はここで疑問に感じるのだ。
不安な時こそ希望を求めるのは解る。
そこに神の存在があれば助けを乞うのも解る。

しかし、そもそもどうやってそんな存在を信じることができるのだろうか?僕には全然信じられない。

確かに僕は普段から霊的なものとか神様とかを極端に信じないので、私のお墓の前で泣くこともなければ玉を7つ集めて神龍を召喚しようなんて考えもない。

いたってクールなのである。


普通の人なら、イメージは人それぞれとしても漠然と神様みたいな存在が胸の内にあるものなのかもしれないが。

しかし、宗教にはすごく関心があった。歴史を学んだり国々の文化を知っていくと、宗教がものすごく密接に関わっている。宗教を知ることは教養を得るということかもしれない。

是非とも一度はそんな、入信する人がどんな心持ちでいるのか体験してみたいものだ…。









そんな事をムラムラと考えながら日々を過ごしていた、そんなある日だった。



仕事を終えてマンションに帰る。
ポストを開けてみるといつもの様に山の様なチラシと郵便物が詰め込まれていた。
それらを引っ張りだし、小脇に挟んで部屋に入る。

分譲マンションとかピザ屋さんのチラシや水道、ガス、電気止めちゃうぞ的な追い込みの封筒がてんこ盛り。

止めれるもんなら止めてみやがれとばかりに支払い用紙を引きちぎってゴミ箱にぶち込み、マンションもピザもくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ。だいたい五千万超えの分譲マンションなんかウチのマンションに入れるな。そう思っていた時だった。

ひときわ異彩を放つ一枚のチラシがあった。そこには幽体離脱してる絵とか、栄養失調の体育座りの絵がかかれていた。
とにかく禍々しいオーラ。



この絵を見た限りでは高い霊層界も大してリア充してないなと思ってしまった。

が、裏面を見ると驚いた。そこには信者の人々の体験談が綴られており、白血病が治っただの、イジメがなくなっただのといった数々の奇跡体験が載っていた。

みなさんが読んでくれている僕のブログは、実はジャンル的にはSFなのだけれど、僕のブログにもとても書けないんじゃないかってくらいのファンタジックな奇跡体験がバシバシ書かれてあって噴飯ものだった。

そして読み進めてみると、どうやら3日間の講習を受けると、お御霊(みたま)を手に入れることができて、ファンタジックな能力を使えるようになるらしい。ちなみに3日間の講習を受ければクレーン作業玉掛け1トン以上の資格が手に入る。玉絡みのものは意外にサクッと手に入るものだと感心する。



もう僕の好奇心は何物にも邪魔されることなどなかった。

気づいた時にはすでにそのチラシに書かれた宗教団体(規模の大きさを考慮して、ここでは教団Xと呼ばせてもらう)の番号に電話を掛けていた。



数コールの後に人が電話に出る。
老婆の声。どうやら会場の受付のようだ。嗄れた声が特殊な場所に電話していることを余計に意識させた。

僕は家に届いたチラシを見て興味を持ったのだと老婆に伝えた。この点は嘘ではない。老婆はとにかく一度会場に来て欲しいと伝えてきた。

どのような服装でも良いのかと聞くと、お祈りの時に座るので、座りやすい服装で来て下さいと言ってきた。どうやら会場に行くということは、お祈りをする、ということらしい。ここまでは想定の範囲内だが、ちょっとドキムネだ。

僕は軽装に身を包み、家を出た。
チラシに書かれた会場は最寄りの駅から二駅ほどの所から徒歩五分くらいの通うには申し分ない距離だった。もしかするとこれは神のお導きかもしれない。

住所をGoogleマップに打ち込み、ナビ通りに歩いた。目的の場所には3、4階建の低層マンションのような佇まいで正面の入り口には瓦屋根の立派な庇がついた建物があった。粉うことなき建物だ。僕は教団Xの入り口から中に入った。

ガラス張りの扉を開けて中に入ると薄暗いフロントだった。真白な壁とグレーの床。公民館のような内装と言うのが分かりやすいかもしれない。

フロントにいる受付に尋ねると、振り向いたのはおそらく電話対応をした老婆だった。「あぁ、先ほどの。」と答えた老婆の声が嗄れていた。あぁ、先ほどの声か。

「今日が初めてなんですね、では、このバッチをつけてください。」

老婆から手渡されたのは赤と銀の二色のバッチだった。安全ピンで胸に僕は着けた。おそらくこれが新人のマークなのだろう。
老婆や、中にいる他の人を見ると、それぞれバッチをつけているが形や色が違う。階級を表しているのだろうか。

バッチをつけ終わると、別の女性が登場した。ここから先はこの女性が案内するのだという。

促されるままにエレベーターで3階へ。

エレベーターを出た右手には畳敷の大広間があった。そこには等間隔に敷物が並べられており、何人もの信者が儀式を行っていた。僕が唾を飲み込んだ音が隣の女性に聞こえてしまったかに思えた。まさに踏み込んでみたかった領域だ。緊張を隠そうとしてもなんとなく動作がぎこちなくなっている気がした。






「では、先ずはお祈りをしましょう。」

導かれるままに中央の赤い絨毯の上を歩いていく。

祀ってある神の前で正座をして、指示を受けるままに礼を繰り返す。途中途中案内の女性がボソボソと祈りを唱える。

一通りのお祈りを済ませると、すぐ隣ぬいた60過ぎくらいだろうか、老人が話しかけてきた。

「君はどこから来たんだい?」


「あ、笹塚てす。」と思わず言ってしまった。あくまでも保身の為に住所は言わないはずだったのに不意に聞かれるとつい答えてしまった。気を緩めるとどこまで個人情報を晒してしまうかわかったもんじゃない。

「そうなんだ。近いから通いやすいねぇ。何丁目?」

味をしめた老人は更に詮索を続ける。流石に教えませんとは言えないので適当に違う住所を答えておいた。笹塚にお住まいのみなさん、いきなり勧誘が来たらゴメンなさい。僕のせいです。アーメン。


次に誘導されたのは、その中央の赤い絨毯から左右に置かれた座布団と毛布のところだ。これから行うのは、手をかざして身体の御霊を解放させたり、身体の調子の悪いところを治すもので、「手かざし」と呼ぶらしい。

女性と向かいあって座る。説明によると、このまま10分ほど目を閉じるのだという。僕が目を閉じている間に、女性が僕の眉間に手をかざして(眉間の位置からお御霊が出入りするらしい)くれるらしい。心を落ち着かせてリラックスしておいてくれれば良いとのことだ。

分かりました。僕はそう答えて目を閉じた。こんな真正面に初対面の女性と向かいあって目を閉じるなんて改めて思うと恥ずかしい。

恐らく手かざしが始まったのだろう。
すごい勢いで女性が経を唱え始めた。


どう例えればいいだろうか。仲間由紀恵主演の「トリック」という作品があるのだが、その山奥のカルト集団の唱えてる感じとそっくりだ。そのうち阿部寛までその辺からぬっと出てきそうだ。


突然すぎて吹き出しそうになるのだけれど、真面目に唱えて貰っているもんだから笑うのは流石に不謹慎だと思い、必死で堪えた。顔がひきつりを起こしているのが自分でも分かる。数分経つと唱えていた経が終わった。女性が話しかけてきた。


「松本さんはどうして今日おいでになられたんですか?」


僕は答えに詰まった。流石にブログのネタにしようと思ってきたんです、とか言っちゃったらこのまま幽閉されて海外にでも飛ばされそうだし、なんとなくとかだと食いつきも弱いので模範解答をしようって考えた。

「実は、ここ2週間くらい、毎晩の様に幽体離脱を体験するんです。いままでこんなことなかったのに!過去にはこんなことなくて不思議だったんです。そんな時、偶然自宅にここのチラシが投函されていて興味を持ったんです。」


と答えてみた。良い回答だったのか、女性は興奮ぎみだ。

「それは正に運命ですね。私達は肉体と精神というものは別々のものだという教えがあります。よって、幽体離脱が起きるのは至極当然なのです。ここで体験を重ねることで松本さんも知ることができますよ。松本さん…」


「あなたは神を信じますか?」



きたっ、この言葉だ。目を閉じて座っている僕は思わず瞼の暗闇の中で聞こえる声に敷物の端を、ぎゅうっと握りしめていた…



「はい。」




僕は無意識のうちにそう答えていた。


空気を読むと、ここで「いいえ」とは言えない。それからは無言のまま、手かざしが続いた。


10分程経っただろうか。女性が突然唱えだした。






「おしずまり〜。おしずまり〜。おしずまり〜…」


抑揚の効いた声だった。石焼イモ売ってる声みたいな、ふざけてるとしか思えない声で、突然すぎてまた笑いそうになるのを堪えた。堪えるのに歯をくいしばりすぎて口内炎ができてしまったようだ。「では、ゆっくりと目を開いて下さい。」女性がそう言った。


目を開いた。思ったよりも近くに女性の顔があって焦った。「どうでしたか?」と訊かれても、笑いこらえて口内炎できたなんて言えないし、ここも一つ模範解答する事に。

「なんだか、身体全身が暖かく感じます。」

我ながら良い答えだ。神が降臨したとか頭痛が痛いとか言うと大袈裟だからこのくらいのジャブがいい。

女性は答えた。


「いえ、いまのは精神にエネルギーを送ったので身体の変化はあなたの気のせいです。」


ちくしょう。なんてシビアなんだ。
続けて説明が入る。

「いま眉間にエネルギーを送ることで、身体からお御霊が出てくるのですが、いくつもの精神を持ち合わせていると様々な反応が起こるんです。突然外国語で話し出したり、表情が変わったり。松本さんも顔がひきつったのはお御霊が身体から出入りする際の現象です。」


いやいや。笑いこらえただけなんですけど。とはやはり言えず、ただただ頷く。


更に説明が続いた。どうやら修行することでこの手かざしの力が手にはいるらしく、身体の体調を整えるだけでなく、食べ物の味も変えてしまうというのだから驚きだ。

見ると、周りの他の信者達もペアを組んで敷物に横になり、身体の悪い部分に手かざしをしていた。なるほど、この雰囲気と場にヤられて人はどうやら信じてしまうらしい。空気を読もうとする感情とその自己暗示によって。

そしてそう言う僕も既に信じていた。


なんて素晴らしいんだ!これで世の中の救われない人々を救うことができるかもしれない。


一通りの説明を受けて、この日のお祈りはお終いになった。さっきの老人がまたやってきた。「君はなかなかいいものを持っていると思うよ。また来なさい。」というダメ押しの言葉と力強い握手。胸元を見ると一目で権力者であることが分かるようなド派手なバッチを付けていた。恐らくこの教団Xのボスだ。



受付の老婆、案内の女性、そしてボスに手を振られながら僕は教団施設を後にした。なんて晴れ晴れとした、素晴らしい気持ちなんだ!強く思った。そしてまた来よう。と思った。



帰りに笹塚でラーメンを食べることにした。暖簾をくぐる。

「細麺固めで!」と言った僕の声はなんだか肉体と精神が研ぎ澄まされたような、気持ちのいい声だった。


しばらくしてラーメンが出てきた。いつものラーメン。いざ食べようとしたところで、ふと今日の教えを思い出し、ラーメンに手かざしをしてみることにした。

ラーメンに手をかざし、目を閉じる。
笑いを堪える、といった雑念もなく、無心の境地に達していた。

手かざしで美味しい美味しいラーメンに味を変えるのだ。

10分ほど手かざしをしただろうか。

目を開けてみるとそこには汁を吸い尽くして伸びきった麺の、あまりにも悲惨な変貌を遂げたラーメンがいた。


やっぱり宗教なんて信じられないや。
アーメン。いや、ラーメン。