しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

美人は三日で飽きる、ブスは三日で

自慢じゃないが僕はブスにモテる。

右向きゃ右のブスが目を輝かせ
左向きゃ左のブスが胸をときめかせる。

僕の顔はとりわけてイケメンじゃない。
かといってとりわけてブスでもない。

おそらくブスでもこの男ならワンチャン有るんじゃねぇか?っていう算段で、ときめかれる訳である。僕の顔はそんな顔だ。

かといってモテる分には嫌な気持ちもしない。ブスにモテて喜ぶこともないが、嫌な気持ちにもとりわけてならない。
そんな落差のない感情が僕の退屈な人生を見事に反映しているのかもしれない。





あれはいつだったか、そう、春が近づく中でたまにすごく冷え込む日が来る、最近の様な季節だ。

僕は夕方、仕事が終わると、その頃は決まって同じ下北沢のBARに酒を呑みに行っていた。

BARといっても中は騒がしく、居酒屋といった方が良いのかもしれないが、こだわりの強いマスターにそれは言えなかった。

いつもの様に店内に入り、カウンターのいつもの席に座る。入り口正面がカウンターで、店内の奥に入るとテーブル席が何席かある。ウェスタン調の店内の所々にエスニックな柄のカバーやタペストリーが飾られていて、独特な雰囲気だ。

ラム酒を呑む。ふと横を見るとカウンターの僕の席の二つ、三つ隣に女が一人酒を呑んでいた。常連じゃない。初めて見た女だ。


僕の視線に気づいたのか、こっちを振り向いた。ブスだった。僕に少し照れながら話しかけてくる。


「あの…いつもこのお店に来てるんですか?」


そこから質問と答えを繰り返し、初対面の典型的な会話が続いた。

僕には分かる。このブスは僕に惚れているのだと。自惚れている訳じゃない。ブスの目を見れば分かる。ブスの瞳の奥の深淵で、恋の炎が渦巻いている。そしてブスも二種類いる。自分をイケてる女だと思っているプライドの高いブスと、自分をブスだと自覚しているプライドの低いブス。このブスは後者のブスで、声を掛けられない事は火を見るよりも明らかなので、自分から積極的に話しかけてくるブスだ。


それからお互いの話をした。田舎の会社に勤めていたが、今回東京の本社に短期間の出張で来ているらしく、まだ東京に来てから一週間も経っていないそうだ。女の話は何故か抑揚があって、テンポがあって、聞いてて全く飽きなかった。他人の人生に関心のない自分の事を思うと飽きない事に驚いた。

いつの間にか杯を重ね、夜は更けていった。明日もまた呑みましょうね。と約束されて、まぁ断ることもないかと思い承諾した。


翌日もBARに訪れた。すでに女はカウンターに居て、マスターと話しこんでいたが、僕が訪れたことに気づくと会話をやめて、どうも。と言った。

それからまた、とりとめのない話を交わした。くだらない話ばかりなのに、楽しかった。僕が普段、対人関係で作る壁をこの女はいつの間にか飛び越えて、僕の前に来ていたのだろう。

数時間が経ち、女は突然、泣きそうな、困ったような顔をした。

「実は私、明日の夜、田舎に帰らないといけないんです。」


どうやら、出張での仕事も終わり、田舎の会社での勤務に戻るらしい。

「あのー…」

女がなにか言いかけて、辞める。
僕はあえて聞かずに待っていた。

「んー。じゃあ、あの、明日の夜、帰る前にまたここのBARで会えますか?」


「え?あぁ、全然いいよ。てか、明日もここのBAR来るし。」


しばらくの沈黙。

女がまた話だした。

「私のこと、どう思ってます?」

直球な質問が来た。僕は思わず返した。

「え?いや、なんとも思ってないけど…」


「そうでしたか。わかりました。…ん、何聴いてるんだろ私。あはは、何でもないです。気にしないでください。」

女はそう言うと飲みかけの酒を残し、コートを羽織り、帰っていった。


また沈黙になる。




珍しくマスターが僕に話しかけてきた。

「まさくん、あの子の会計もよろしくね。」







翌日。仕事しながらずっと昨夜の事を考えていた。

なにもあんな感じに帰らなくたっていいじゃないか。

普段なら女がそんな態度しても面倒くさい、と思うだけだ。だけどあの女に限っては違った。何となく心の奥がチクチクと罪悪感のようなものに突かれていた。


何故?そう感じるのか?僕は分からなかった。


仕事が終わり、夜になった。
が、昨夜の一件が気まずくて仕方なくてBARに行くのを躊躇していた。いや、そんなの気にしないで行けばいいのさ。と気を張ってみたものの、わざわざ部屋を掃除したりダラダラして時間を延ばしていた。

だけどやはり、気になって仕方ない。僕は下北沢に向かった。




いつもの時間よりだいぶ遅くBARに入ると、カウンターには誰も居なかった。
胸が痛くなったが、同時にホッとする自分もいた。

マスターが僕に話しかける。

「まさくん、遅いじゃないか。あの子、もう出ちゃったよ?」

「いや、いいんです。別に。それよりラムください。」


「なにがいいんだい。まさくん、あの子の気持ちはまさくんは分かってるはずだ。」


カウンターにラムが出てくる。氷がラムの上で転がりながら浮かんでいる。



「だってマスター、あの女ブスじゃないですか。」





一瞬の沈黙の後、マスターは僕に、教えるような、怒ってるような、でも褒めているような、そんな不思議な調子で話してきた。









「まさくん、女性は顔じゃない。確かに美人の方がいいに決まってるが、本当に大事なのはまさくんとの相性だ。まさくんがあんなに楽しそうに話していたのは俺は初めて見たよ。美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れるっていうじゃあないか。…まさくん、さっき出たあの子はまだ電車に乗ってない、今からでも間に合うんじゃないかな?気持ちを伝えに行けばいい。」



マスターの話しを聞きながら、いつの間にか僕は席を立ち、ジャケットを掴んで店のドアに向かっていた。背中にマスターが話してかける。



「まさくん、お会計は明日よろしくね。」










僕は走った。

下北沢を。

餃子の王将を過ぎ、

緩やかな登り坂を、
駆け抜ける。

歩いている人達が、

不思議そうな目で、

僕を見ている。

僕は夢中で走った。







あの女の為?

いや、自分自身の為に、だ。






洋服屋、居酒屋、いくつもの店を過ぎ、南口のマクドナルドの交差点に着く。

そのまま改札に走り込み、Suicaのカードを、改札機に押し付けるように当てて走る。駅員が怪訝そうに見ているが、もう、気にならなかった。

何だか気持ちいい。

こんなに素直に、

全力で走っている。

こうやって生きていけたら
どれだけ素敵なのだろう。



長い階段を一段飛ばしで駆け上がる。
息が上がっている。

ホームに上がると、ちょうど電車が来ていて、あの女が電車に乗り込んだ瞬間だった。

よかった。

間に合った。

あとは自分の気持ちを、素直に、伝えるだけだ…。







声をかけようとしたその時、ちょうど、女がホームの方に振り向いた。













ブスだった。



もう、圧倒的なブス。鬼門を通り抜ける様なレベルの、陰陽師のラストに出てくる様なブス。他を寄せ付けないレベルのピラミッドの頂上に君臨するブス。が、そこにはいた。





時間が止まった。僕は何も、言葉にできなかった。いや、声がでなかった。ただ、ガクガクと膝が震えた。


無言のまま、電車の扉は閉まり、ホームを滑る様に去っていった。






ブスは三日でも慣れない。