しらぼ、

松本真青がSFを書くとこうなる。

闘う二日酔い男

ピロロロロロ。
ピロロロロロ。




朝日が射し込む窓辺から聴こえてくるのは優しげな小鳥の歌声だった。それはどんな目覚まし時計のアラームよりも耳心地がよくて、僕を幸せな気持ちにさせてくれた。

と言いたいけど全然違った。

ピロロロロロ。
ピロロロロロ。

と、なったのは我が邸宅のインターフォンの音である。鳥のさえずりなんて生易しいものではなくて、人工的で無機質な、人を不愉快にする音である。どんな素敵な来訪者でも、こんなインターフォンの音で呼ばれたらなんか来ないでくれよ。ってなる。そんな音であった。しかもしたたかに朝まで飲んでいた僕はしたたかに酔っていてしたたかに二日酔いだったのであるから、余計に不愉快なのである。したたかって言葉はそもそもどんな意味なのかしらと思っていま調べたのだけれど、強いとか、ぶれないって意味らしいね。俺の解釈でなんか学校にやってきた新人教師が副担任になって宿題なんかに一つ一つ丁寧にコメント添えちゃう感じの弱々しいのをイメージしてたけど逆なのね。その後ろで腕組んで三浦のボイラーみたく鼻からしゅぽしゅぽ蒸気だしてる担任みたいなのをしたたかっていうみたいです。はい。
話が脱線したのだけれど、とりあえず我が邸宅に来訪者が来てますと。そこまで理解するのにも時間掛かったんだけどあれ?これ誰だろう?と思った訳ね。こんな朝早くにって時計みたら15時前だから昼やんっ!て一人ツッコミしてぐぇぇって胃液が逆流してきたけど、考えてもこんな時間に誰も呼んでないんだよね。あれー?酔った勢いでデリヘルでも呼んだかいな?それともうらみつらみを抱えた女が全てに終止符を打つために旅の仲間を引き連れてついに我が邸宅にやってきたのか?え?ヤバくないそれ?ってなって慌ててクラクラする身体をなんとか動かしてベットから起き上がって部屋のインターフォンを見ると、男が一人立ってたわけ。後ろにエルフもドワーフも魔法使いもいないから安心してすぐ通話ボタン押したのね。いま思うとあまりにも短絡的なのだけれど、二日酔いなんだから仕方ない。短絡的にしか思考できない。

はーい。どちら様ですかー?

と聞くと開口一声、男が言ったの。



NHKでーす。


って。あっちゃーしくじったね俺は。こんなアンケート用紙みたいなの小脇に抱えてる来訪者なんてNHKか宗教勧誘くらいなもんじゃん。なんでわかんなかったんかねー。と思って後悔したのだけれど、後悔してもしょうがない。


あ、いま誰も居ませんから。留守です。

って言ってインターフォン消したんだよね。そしたらものの2秒くらいでまた

ピロロロロロ。
ピロロロロロ。

ってインターフォンが鳴り出す訳。え!?なにこの人!?俺が居ることもしかして分かってるの!?とか思うとすっごい怖くなって部屋の中に隠しカメラとか盗聴器とかないか探し回ったのね。でもどこにもない。最近の盗聴、盗撮グッズというのは進歩してて探してもそうそう見つけれるものじゃないってこないだTVでやってたけど、確かにそうらしい。鳴り続けるインターフォン。ピロロロロロ。という音が僕のこめかみの中のいま一番頭痛でズキズキしているところに忍びこんで中国式マッサージをかましてくる。あぁーダメだこりゃあ。出るしかない。


どなたですか?


と聞くとその男はさっきも言っただろって顔つきでNHKですよ。と答えた。受信料を払うのは法律でも定められていて国民の義務なんですと。そういうバックボーンを持ち合わせているその男には一切の迷いはないらしく、大日本帝国天皇勅命を受けている教官が説教をたれている時のそれと同じである。マジでキモい。だがこの男はインターフォンを鳴らした部屋を間違えている。僕には僕なりのバックボーンというものがあって、誰がなんと言おうがNHKの受信料なんぞ払ってたまるか。という考えなのである。これはもう闘いである。こういう姑息な教官にはへんなごまかしをするよりも、端的にハッキリと、ピシャリと断ってしまうのが一番よい。僕は一つ咳払いをして、教官にむかってこう言った。


家にTV置いてないんですよ~



あー、言ってしまった。これ一番アカンやつだ。なんでこんなごまかした感じの言い訳をつけてしまったのだろう。短絡的すぎた。勅命を受けた男と二日酔いの男にはインターフォンには映らない、大きなハンディがあったのだ。その返答待ってましたとばかりにNHK教官はニヤリと口を片方だけ上げて、言ってきた。


では、自宅にTVが設置されているか確認させてください。


いかん。これはいかん。この男突入するつもりだ。部屋には42型の液晶テレビが鎮座しているのであって、これを見られるわけにはいかないのである。気持ち的には立て籠もっているオウム真理教の山荘に鉄球でもぶちまけてやろうかみたいな意気込みを感じてくる。この時点で気持ちの強さもすでに負けてしまっている。何か手を打たねばいけない。こんな時はあれである。語気とか覇気とかじゃなくてもっと身体の内面的なカーペットのめくった裏っかわのようなナイーブな部分を攻めねばいかん。しかしインターフォン越しで伝わるのは相手からは音声しかないのである。うん。ではこれでいこう。



タンターンタンターンタンターンタンターンターターターターターターン♫


これを知らない人はいない。そう、閉店前に流れる蛍の光である。もうすぐでお店が閉まってしまうからはやく帰らないといけないなっていう心理的状況に音楽で誘導するのである。YouTube蛍の光を流しながらインターフォンにケータイを当てて男に聴かせているのだ。我ながら名案である。みなさんは北朝鮮と韓国の国境沿いに巡らされたスピーカーを知っているだろうか。何万台というスピーカーから流れてくる相手国を揶揄する言葉が延々と流れていて、これにより国境周辺の相手国の情報操作を行っているのだが、それと同じである。これはもう闘いである。勝機が見えてきた。蛍の光を聴いて帰らないやつは日本人にはいないだろう。俺の勝ちだNHK!新世界の神になるのはこの僕さ!ぶはははは

インターフォンのモニターを見てみると、明らかに男の様子がおかしい。動揺しているようだ。かなりの効き目があったらしい。目が泳ぎ、口元がまごついている。勝負あり。
しかしそこで、男がこう言った。



TVの音楽ながれてますよね?TV置いてあるじゃないですか。TVがある以上は受信料を払う義務があります。払ってください。




なんとまぁ発想の転換というか、頭がいいのかバカなのか。男は奇策を練ってきた。いや、まてよ、もしかしてこの男はこれを待っていたのじゃないだろうか。全ては男の術中の中にいるのか僕は!!勝てない。この男には全て見透かされている。じゃあどうすればいいか。簡単である。インターフォンを無視するのである。僕は条例を淡々と繰り返し呪文のように唱えている男が映ったモニターを消した。あぶない、今の呪文もう少しで唱えきったら金縛りになるか即死するような呪文だったら怖かったなー。
無論、すぐさまインターフォンがまた鳴り出すのだが、これには応対しない。逃げるが勝ちよと言った信長曰く、無理に戦う必要はないのである。そうだよ無視。無視しよう。しかしいかんせんインターフォンの音が五月蝿いので、耳栓をつけてみる。するとどうだろう。まるで戦の跡地のような静けさに包まれる。無音には音がある。有名な作曲家の名言だが、まさにいま、その無の音を五体で噛みしめる。さぁ、寝よう。



だいぶ寝ただろうか。小窓から見える外の景色は既に暗くなっていた。時計の針は5時を指している。二時間ほど寝たらしい。さすがにNHKはかえったのか、インターフォンの音は止んでいた。つまり、これは僕の勝ちである。論破こそできなかったものの、NHKは集金を行って初めて勝利になるのだからつまりそういうことである。なんだ~やればできるじゃん俺。二日酔いも醒めてすこぶる調子がいい。勝利の凱歌でも歌いながら音楽を聴きながら風呂にでも入ろう。ケータイを弄っていつも聞くペントニの曲を流す。あれ?聞こえない?ケータイの音量をMAXにしてもペントニの五人の美しいアカペラのハーモニーが聞こえない。あぁそうだった、耳栓してたんだよね。そう思って耳栓を外した。











ピロロロロロ。
ピロロロロロ。


インターフォンが鳴っていた。
このとき、僕は負けを認めた。