しらぼ、

松本まさはるがSFを書くとこうなる。

パブロフの犬



声を大にして言いたい。僕は白衣が大好きだ。

むしろ、大好きだ!と、エクスクラメーションマークを付けて良いくらいだ。

今回は決して、丸美が以前難病にかかってしまい、余命宣告を受けて泣き崩れる丸美の側で僕はただ棒のように突っ立っていることしかできない、無力な人間だったのだと思い知ったのだけれど、そこで丸美の担当医の熱心な治療のおかげで少しずつ回復し、遂には完治、まさに奇跡としか言いようのないときに、丸美の担当医に泣きながら礼を言うと、担当医はフッ、と鼻で笑い「私はただ仕事を全うしただけです。礼には及びません。」と呟きながら病棟の廊下を歩きだしたときの担当医の背中が、というか白衣がカッコいいから白衣が好きなんです。っていうお涙ちょうだい的な話では無い。AVの病院の企画ものの話だ。


僕たち人間が生きていく上では、食事や睡眠、運動は欠かせない。バランスの良い食事は健康を保ち、適度な睡眠が疲れを癒し、快適な運動でストレスを発散させる。

そしてもう一つ必要なものがAVだ。それも動画まで到底たどり着けない悪質なサイトではなく、XVIDEOだとなお良い。適度な観賞で人生は豊かになる。というのが僕の自論だが、そのうち何処かの国の学者が公式に発表する日も近い。


とまあそんな訳で意識高い系の僕はモリモリとAVを観賞するのだけれど、そのAVの中でも一時期、白衣にはまり込んでいた。銭湯大乱闘とか、謝礼が出ますとかそっちのけで白衣もの一点集中で観ていた。





ピリリリリリ。呼び出し音がなった。
受付の壁に掛けられたボードを見る。5号室。
丸美の担当の病室のパネルが赤く点滅していた。

またこの患者さんか…

私の苦労を誰かに気づいてほしい。

そんな気持ちがより一層大きいため息になって丸美の口から出てきた。

だけどもこんな小さい病院には夜間何人もナースが待機できるはずも無い。それに今はGWの真っ只中。緊急対応の医者すら居ない。
丸美は一人でこの夜の夜勤を務めていた。

薄暗い廊下を抜けて5号室に入る。
5号室の集団病室の奥の窓側。患者のオオタケが入院している。

「オオタケさん~、どうされましたか~??」

「いやぁ、ナースさん、なんだか眠れないんです。」

「ダメですよ~静かにしないと、部屋の他の患者さんが起きちゃいますよ?」

この患者、子供じみたことを言う。だけども目は丸美の顔と胸を交互に見ていて、完全にいやらしいことを考えているのは丸美にも十分伝わってきた。

冗談じゃない。なんて気持ち悪い目。

そう言ってやりたいのだけれど、仕事だと思いグッと我慢する。

「ナースさん、眠れないんですよ~、隣で一緒に寝てくれませんか?」








(中略)







「ダメですよ~静かにしないと、部屋の他の患者さんが起きちゃいますよ?」



オオタケに注意される。
だけども丸美は堪えきれずに声をあげてしまう。オオタケの身体に跨がり、腰を振り続ける。はだけた白衣。いやらしい音が股間から聴こえてくる。


オオタケの顔を見る。なんて嫌らしい、汚い顔。だけどそんな男と行為をしている私はもっと、嫌らしくて、汚い女。


ベッドが軋む音、荒い息、そして喘ぐ声。深夜の病院の暗闇に響き続けていた…








みたいな作品とか、もう堪らない。勃起ものだ。
1日3回くらい見れるんじゃないかって気になってしまう。



他にも、丸美がその後の職場のストレスで暴飲暴食に奔り、胃腸内科に診察にいくと、そこの院長がまた嫌らしい目で丸美を見てきて、じゃあ診察始めますってなって補聴器で胸とかつついちゃって、丸美が、思わず喘いじゃったら院長が「おや、様子がおかしいですね?」ってことになって集中治療室…院長絶好調。なんて展開も堪らない。(はあはあ)




そんな、AV観賞を繰り返していたある日、僕は胃腸の不調を訴え、胃腸内科に赴いた。

原因は過度の暴飲暴食や睡眠不足などだった。そんなことはこの際どうでもいい。

なにが問題かというと、受付の人や病院の先生を見る度に、僕は勃起していた。

そしてそれは橋下マナミ似のナースだったわけでもなく、ただの白衣を着た一辺の曇りのないブスだし、先生に至ってはオッサンだ。

全然性欲の対象なんかじゃなかった。


謎に包まれたまま股間を手で抑えながら診察を終え、病院を後にした。


一抹の不安を抱えたまま数日を過ごしたある日、ふと友人Kにこの出来事を話してみた。


友人Kは答えた。それはパブロフの犬だ、と。




全然意味が分からない。

そう尋ねたものの、「まぁ自分で調べてみればいいさ。」とだけ答えて、友人Kは帰っていった。


で、気になったもんだからパブロフの犬でググッたら、犬を利用した条件反射の実験らしい。


犬の口に唾液の分泌量を測定する器械を着けて、毎回ベルを鳴らしてから餌を与えると、犬は次第にベルが鳴るだけで涎を垂らすようになったらしい。

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なるほど、友達Kが僕に言ったのはそういうことだったのか。と理解した。


つまりは僕は白衣を着た登場人物ばかり出てくるAVばかり観賞しているものだから、白衣を見ただけで、条件反射で勃起してしまうということだ。

いや、それはさすがにないだろう。

そもそも、犬が腹を空かせることと一緒にされては腹がたつ。

僕の人格を否定されているみたいだ。

ちくしょう。


余計に腹が立ってきて、いったいどんな人がこんな実験をしたのかなと思ってパブロフさんを調べた。

ロシアの生物学者のイワン・ペトローヴィチ・パブロフさんという写真がでてきて、白衣を着ていた。









勃起した。



実録。教団Xに潜入してきた。


「あなたは神を信じますか?」



きたっ、この言葉だ。目を閉じて座っている僕は思わず瞼の暗闇の中で聞こえる声に敷物の端を、ぎゅうっと握りしめていた…






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世界には様々な宗教がある。

お祈りをして、「アーメン」(ヘブライ語で、[確かに]の様な意味)と唱えるキリスト教や、ムハンマドを通じて神の教えを広げたイスラム教、インドで広められた仏教。

これらは世界的にも有名な宗教で世界宗教とも呼ばれているが、更に分派されたり、新興宗教が生まれたりなどしていて膨大な数の宗教団体が存在する。


とりわけ日本に於いては世界で一番といって良いほどに宗教に関しては寛容で、なんと18万以上もの宗教が存在する。

神社やお寺といった、日本の行事に馴染んでいる宗教や家族で継がれていく形態の宗教、中には危険思想の強いものやカルト的な団体も数多にある。僕の知人にもおにぎりを三角に握ったのはフリーメイソンだと豪語するキチガイがいたりする。



なぜこれだけ宗教団体が存在するのか。答えは単純である。コンビニやファストフード店が急増したのと同じことで、需要があるからだ。

それだけ現代社会における個人の精神的な不安は大きいということだ。藁にもすがる思いで陰日向のような生活に一縷の希望を求めるのだ。精神病や自殺の増えた昨今、新しく入信するのは10代、20代の将来に不安を抱えた若者や、精神的弱者が多い。


だが僕はここで疑問に感じるのだ。
不安な時こそ希望を求めるのは解る。
そこに神の存在があれば助けを乞うのも解る。

しかし、そもそもどうやってそんな存在を信じることができるのだろうか?僕には全然信じられない。

確かに僕は普段から霊的なものとか神様とかを極端に信じないので、私のお墓の前で泣くこともなければ玉を7つ集めて神龍を召喚しようなんて考えもない。

いたってクールなのである。


普通の人なら、イメージは人それぞれとしても漠然と神様みたいな存在が胸の内にあるものなのかもしれないが。

しかし、宗教にはすごく関心があった。歴史を学んだり国々の文化を知っていくと、宗教がものすごく密接に関わっている。宗教を知ることは教養を得るということかもしれない。

是非とも一度はそんな、入信する人がどんな心持ちでいるのか体験してみたいものだ…。









そんな事をムラムラと考えながら日々を過ごしていた、そんなある日だった。



仕事を終えてマンションに帰る。
ポストを開けてみるといつもの様に山の様なチラシと郵便物が詰め込まれていた。
それらを引っ張りだし、小脇に挟んで部屋に入る。

分譲マンションとかピザ屋さんのチラシや水道、ガス、電気止めちゃうぞ的な追い込みの封筒がてんこ盛り。

止めれるもんなら止めてみやがれとばかりに支払い用紙を引きちぎってゴミ箱にぶち込み、マンションもピザもくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ。だいたい五千万超えの分譲マンションなんかウチのマンションに入れるな。そう思っていた時だった。

ひときわ異彩を放つ一枚のチラシがあった。そこには幽体離脱してる絵とか、栄養失調の体育座りの絵がかかれていた。
とにかく禍々しいオーラ。



この絵を見た限りでは高い霊層界も大してリア充してないなと思ってしまった。

が、裏面を見ると驚いた。そこには信者の人々の体験談が綴られており、白血病が治っただの、イジメがなくなっただのといった数々の奇跡体験が載っていた。

みなさんが読んでくれている僕のブログは、実はジャンル的にはSFなのだけれど、僕のブログにもとても書けないんじゃないかってくらいのファンタジックな奇跡体験がバシバシ書かれてあって噴飯ものだった。

そして読み進めてみると、どうやら3日間の講習を受けると、お御霊(みたま)を手に入れることができて、ファンタジックな能力を使えるようになるらしい。ちなみに3日間の講習を受ければクレーン作業玉掛け1トン以上の資格が手に入る。玉絡みのものは意外にサクッと手に入るものだと感心する。



もう僕の好奇心は何物にも邪魔されることなどなかった。

気づいた時にはすでにそのチラシに書かれた宗教団体(規模の大きさを考慮して、ここでは教団Xと呼ばせてもらう)の番号に電話を掛けていた。



数コールの後に人が電話に出る。
老婆の声。どうやら会場の受付のようだ。嗄れた声が特殊な場所に電話していることを余計に意識させた。

僕は家に届いたチラシを見て興味を持ったのだと老婆に伝えた。この点は嘘ではない。老婆はとにかく一度会場に来て欲しいと伝えてきた。

どのような服装でも良いのかと聞くと、お祈りの時に座るので、座りやすい服装で来て下さいと言ってきた。どうやら会場に行くということは、お祈りをする、ということらしい。ここまでは想定の範囲内だが、ちょっとドキムネだ。

僕は軽装に身を包み、家を出た。
チラシに書かれた会場は最寄りの駅から二駅ほどの所から徒歩五分くらいの通うには申し分ない距離だった。もしかするとこれは神のお導きかもしれない。

住所をGoogleマップに打ち込み、ナビ通りに歩いた。目的の場所には3、4階建の低層マンションのような佇まいで正面の入り口には瓦屋根の立派な庇がついた建物があった。粉うことなき建物だ。僕は教団Xの入り口から中に入った。

ガラス張りの扉を開けて中に入ると薄暗いフロントだった。真白な壁とグレーの床。公民館のような内装と言うのが分かりやすいかもしれない。

フロントにいる受付に尋ねると、振り向いたのはおそらく電話対応をした老婆だった。「あぁ、先ほどの。」と答えた老婆の声が嗄れていた。あぁ、先ほどの声か。

「今日が初めてなんですね、では、このバッチをつけてください。」

老婆から手渡されたのは赤と銀の二色のバッチだった。安全ピンで胸に僕は着けた。おそらくこれが新人のマークなのだろう。
老婆や、中にいる他の人を見ると、それぞれバッチをつけているが形や色が違う。階級を表しているのだろうか。

バッチをつけ終わると、別の女性が登場した。ここから先はこの女性が案内するのだという。

促されるままにエレベーターで3階へ。

エレベーターを出た右手には畳敷の大広間があった。そこには等間隔に敷物が並べられており、何人もの信者が儀式を行っていた。僕が唾を飲み込んだ音が隣の女性に聞こえてしまったかに思えた。まさに踏み込んでみたかった領域だ。緊張を隠そうとしてもなんとなく動作がぎこちなくなっている気がした。






「では、先ずはお祈りをしましょう。」

導かれるままに中央の赤い絨毯の上を歩いていく。

祀ってある神の前で正座をして、指示を受けるままに礼を繰り返す。途中途中案内の女性がボソボソと祈りを唱える。

一通りのお祈りを済ませると、すぐ隣ぬいた60過ぎくらいだろうか、老人が話しかけてきた。

「君はどこから来たんだい?」


「あ、笹塚てす。」と思わず言ってしまった。あくまでも保身の為に住所は言わないはずだったのに不意に聞かれるとつい答えてしまった。気を緩めるとどこまで個人情報を晒してしまうかわかったもんじゃない。

「そうなんだ。近いから通いやすいねぇ。何丁目?」

味をしめた老人は更に詮索を続ける。流石に教えませんとは言えないので適当に違う住所を答えておいた。笹塚にお住まいのみなさん、いきなり勧誘が来たらゴメンなさい。僕のせいです。アーメン。


次に誘導されたのは、その中央の赤い絨毯から左右に置かれた座布団と毛布のところだ。これから行うのは、手をかざして身体の御霊を解放させたり、身体の調子の悪いところを治すもので、「手かざし」と呼ぶらしい。

女性と向かいあって座る。説明によると、このまま10分ほど目を閉じるのだという。僕が目を閉じている間に、女性が僕の眉間に手をかざして(眉間の位置からお御霊が出入りするらしい)くれるらしい。心を落ち着かせてリラックスしておいてくれれば良いとのことだ。

分かりました。僕はそう答えて目を閉じた。こんな真正面に初対面の女性と向かいあって目を閉じるなんて改めて思うと恥ずかしい。

恐らく手かざしが始まったのだろう。
すごい勢いで女性が経を唱え始めた。


どう例えればいいだろうか。仲間由紀恵主演の「トリック」という作品があるのだが、その山奥のカルト集団の唱えてる感じとそっくりだ。そのうち阿部寛までその辺からぬっと出てきそうだ。


突然すぎて吹き出しそうになるのだけれど、真面目に唱えて貰っているもんだから笑うのは流石に不謹慎だと思い、必死で堪えた。顔がひきつりを起こしているのが自分でも分かる。数分経つと唱えていた経が終わった。女性が話しかけてきた。


「松本さんはどうして今日おいでになられたんですか?」


僕は答えに詰まった。流石にブログのネタにしようと思ってきたんです、とか言っちゃったらこのまま幽閉されて海外にでも飛ばされそうだし、なんとなくとかだと食いつきも弱いので模範解答をしようって考えた。

「実は、ここ2週間くらい、毎晩の様に幽体離脱を体験するんです。いままでこんなことなかったのに!過去にはこんなことなくて不思議だったんです。そんな時、偶然自宅にここのチラシが投函されていて興味を持ったんです。」


と答えてみた。良い回答だったのか、女性は興奮ぎみだ。

「それは正に運命ですね。私達は肉体と精神というものは別々のものだという教えがあります。よって、幽体離脱が起きるのは至極当然なのです。ここで体験を重ねることで松本さんも知ることができますよ。松本さん…」


「あなたは神を信じますか?」



きたっ、この言葉だ。目を閉じて座っている僕は思わず瞼の暗闇の中で聞こえる声に敷物の端を、ぎゅうっと握りしめていた…



「はい。」




僕は無意識のうちにそう答えていた。


空気を読むと、ここで「いいえ」とは言えない。それからは無言のまま、手かざしが続いた。


10分程経っただろうか。女性が突然唱えだした。






「おしずまり〜。おしずまり〜。おしずまり〜…」


抑揚の効いた声だった。石焼イモ売ってる声みたいな、ふざけてるとしか思えない声で、突然すぎてまた笑いそうになるのを堪えた。堪えるのに歯をくいしばりすぎて口内炎ができてしまったようだ。「では、ゆっくりと目を開いて下さい。」女性がそう言った。


目を開いた。思ったよりも近くに女性の顔があって焦った。「どうでしたか?」と訊かれても、笑いこらえて口内炎できたなんて言えないし、ここも一つ模範解答する事に。

「なんだか、身体全身が暖かく感じます。」

我ながら良い答えだ。神が降臨したとか頭痛が痛いとか言うと大袈裟だからこのくらいのジャブがいい。

女性は答えた。


「いえ、いまのは精神にエネルギーを送ったので身体の変化はあなたの気のせいです。」


ちくしょう。なんてシビアなんだ。
続けて説明が入る。

「いま眉間にエネルギーを送ることで、身体からお御霊が出てくるのですが、いくつもの精神を持ち合わせていると様々な反応が起こるんです。突然外国語で話し出したり、表情が変わったり。松本さんも顔がひきつったのはお御霊が身体から出入りする際の現象です。」


いやいや。笑いこらえただけなんですけど。とはやはり言えず、ただただ頷く。


更に説明が続いた。どうやら修行することでこの手かざしの力が手にはいるらしく、身体の体調を整えるだけでなく、食べ物の味も変えてしまうというのだから驚きだ。

見ると、周りの他の信者達もペアを組んで敷物に横になり、身体の悪い部分に手かざしをしていた。なるほど、この雰囲気と場にヤられて人はどうやら信じてしまうらしい。空気を読もうとする感情とその自己暗示によって。

そしてそう言う僕も既に信じていた。


なんて素晴らしいんだ!これで世の中の救われない人々を救うことができるかもしれない。


一通りの説明を受けて、この日のお祈りはお終いになった。さっきの老人がまたやってきた。「君はなかなかいいものを持っていると思うよ。また来なさい。」というダメ押しの言葉と力強い握手。胸元を見ると一目で権力者であることが分かるようなド派手なバッチを付けていた。恐らくこの教団Xのボスだ。



受付の老婆、案内の女性、そしてボスに手を振られながら僕は教団施設を後にした。なんて晴れ晴れとした、素晴らしい気持ちなんだ!強く思った。そしてまた来よう。と思った。



帰りに笹塚でラーメンを食べることにした。暖簾をくぐる。

「細麺固めで!」と言った僕の声はなんだか肉体と精神が研ぎ澄まされたような、気持ちのいい声だった。


しばらくしてラーメンが出てきた。いつものラーメン。いざ食べようとしたところで、ふと今日の教えを思い出し、ラーメンに手かざしをしてみることにした。

ラーメンに手をかざし、目を閉じる。
笑いを堪える、といった雑念もなく、無心の境地に達していた。

手かざしで美味しい美味しいラーメンに味を変えるのだ。

10分ほど手かざしをしただろうか。

目を開けてみるとそこには汁を吸い尽くして伸びきった麺の、あまりにも悲惨な変貌を遂げたラーメンがいた。


やっぱり宗教なんて信じられないや。
アーメン。いや、ラーメン。

月まで届くからあげくん

今月、あの、LAWSONの「からあげくん」が発売開始から30周年を迎えた。

もはやからあげくんを知らない人の方が少ないんじゃないかってくらいの認知度のあるからあげくん。実はあのパッケージのニワトリみたいなのは、鶏ではなくて妖精らしい。


さて、30周年を迎えたことに関して、様々なメディアで取り上げられたのだが、その時の売上高の表現に、僕は思わず唸った。ここに一文を抜粋させていただく。

>>ローソンのヒット商品からあげクンは1986年4月15日に誕生。販売数は累計25億5000万食で並べると月まで到達し、少し折り返したぐらいの距離になるという。<<

みなさんはどう感じただろうか。なに、普通じゃないか。と思った方も居るかもしれないが、ちょっと待ってほしい。「月まで到達」という表現、だ。

だってどう考えたってからあげくんを積み上げて月まで届かせるっていう概念がない。

よく考えたらこういう例え方をすることってよくあるかもしれない。東京ドーム何個分の広さですとか、東京タワー何個分の高さですとか…。

実際よくわかんなくてモヤモヤとしたままで終わるのだけれど、この表現、インパクトだけは絶大だ。

今回のようにたかだかしれた、ちゃっちいからあげの売上高をそのまま数字で表現するよりも、ここで、月まで届いちゃうんです。とすることで、インパクトがあって、おおっ!ってなる。

じゃあこれを使ってちゃっちいものを月まで届かせてみたい。そう思った。


とここまでブログを書きながら、僕はスタバで鼻くそをほじっていた。仕事の合間に一息いれる常連のサラリーマンや、MacBookを開いて何かやってる洒落乙な好青年の並びで僕は鼻くそをほじりながら鼻くその記事を書いている。親が知ったら泣きそうだ。

じゃあ早速、この鼻くそはどんだけほじれば月まで届くのか。


まずは地球から月までの距離を調べる。Googleで一発だ。370300㎞。案外遠くない。僕が勤める会社のポンコツ車はおそらくもう月まで行って折り返して地球に帰還したくらいの走行距離があるもんだ。

で、今回の検証は、一日溜め込んだ鼻くそをほじりだし、その長さを計測、その一個の鼻くその長さを鼻くその全長の平均値として日数で倍掛けする。すると何日間分の鼻くそで月まで届くか分かる。という検証で行う。勿論、この検証方法が正しい、というものではないので、あくまでも一検証としてみてほしい。


とここまで書いていて大変なミスを犯してしまった。いまほじっていた鼻くそを無意識のままで指先で丸め、スタバの店内に弾きとばしてしまっていたのだ。これでは鼻くその計測が出来ない。鼻くその全長を実測もせずに仮定してしまうとあまりにリアルティが無く陳腐になる。

探さなければ。
くそっ。いや、鼻くそっ。

店内を見回す。無意識の中で飛ばした鼻くそがどのくらい飛んだのかは分からないが、おおよその方角は分かっていた。
カウンター状に延びた席の僕の左後ろ方向、10時の方角だ。ちょうど店内の中央部に面していて、ひらけている。おそらく着地点は床だ。

床に這いつくばって鼻くそを探す。綺麗に磨きあげられた木目のフローリングは鼻くそを探すにはあまりに困難だった。ワックスで光が乱反射するし、色が鼻くそと同化している可能性が高い。

しばらく探してもみつからない。そんな時だった。

「何か落し物ですか?大丈夫ですか?」

そう優しく声をかけてくれたのは、スタバの店員さんだった。

そうなんです。実は見つからなくって、鼻くそが。なんて口が裂けても言えない。絶対言えない。ダメ。絶対。もうただのセクハラか、清原と一緒に吸引した人としか思われず通報されてしまうだろう。

「あ、いえ、ほんと、大丈夫なんです。すいません。」

緊張して冷や汗ガンガンかいてしまってて尚更シャブ中だと思われそうなのだけれど、店員さんは、はぁ、そうですか。とだけ言って去っていった。

もう仕方ない。今日はブログ書くのやめにして、明日また改めてほじり直すか。と思った束の間、鼻くそを発見した。

おそらく弾きとばした方角とはあさっての方に飛んだのだろう。そしてスタバの店内の空調に乗って飛距離を伸ばし、鼻くそは一息いれてるサラリーマンの髪の毛に着いていた。もうこれは事件だ。

「あのぅ、頭に鼻くそが着いてますよ?」なんて絶対言えない。それに言ったところで僕がその鼻くそを回収したら誤解を招く。しかし、かといってこのまま鼻くそを諦めて明日ほじり直すとしても、このサラリーマンは頭に鼻くそを着けたまま今日という1日を過ごすことになってしまう。なんて可哀想なんだ。それは避けなければ。

こうなったらもう勢いでワッシャーっと鼻くそ掴んでダッシュで逃げるしかない。これは戦いなのだ。

僕は決意し、荷物をまとめ、用意ができた。

思いっきり頭に手を出して鼻くそを回収し、僕はスタバから走って逃げた。サラリーマンの怒号と周りの客の冷ややかな視線の中、僕は走った。野村ビルの正面に出て、西口の大ガード手前から曲がり、ユニクロの前を抜け、新宿駅の西口まで、ひたすら走った。鼻くそを手に全力疾走する姿はいま思うと泣けてくる。

ゼエゼエと息をきらしながら無くしてはないかと不安になりながら手を開くと、確かにそこには鼻くそがあった。僕は大きく息をついた。

しかし、鼻くそは何故か、半分くらいの大きさになっていた。どうやらサラリーマンの頭に半分ほど忘れてしまったらしい。仕方ない、あるものでやるしかない。

せめても少しでも距離を出そうと、鼻くそを必死に細く伸ばす。西口の周囲の人の目が痛いが、それどころじゃない。

僕の意識は既に月に届いていた。
そう、ユーリイ・ガガーリンのように。

鼻くそを引き延ばす姿が東急ストアのガラスに写る。顔は青かった。


5㎜だった。これを1日の鼻くその平均値にする。

370300㎞を5㎜で割る。
まずはミリの単位に合わせる
370300000000㎜。
を5で割る。

74060000000日かかる。

これを365日で割る。(閏年は計算しない)

すると、毎日5㎜の鼻くそを積み重ねて月まで届かせるのに必要な年数が出てくる。


202904110年かかる。いやもうわけわからん。歴史的にいうと三畳紀で、恐竜や翼竜が生息する時代。このころから5㎜の鼻くそをコツコツと積み重ねると現代で月にたどり着くのだ。なんてこった。




この検証の結果、恐竜に囲まれながらコツコツと鼻くそを積み上げていき、活発な火山活動による低酸素の地球でバタバタ倒れていく生物を横目に、何度となく繰り返される絶滅と繁栄の中、アウストラロピテクスの誕生、人間の誕生、キリストがイエス!とかノー!とか言ってる事なんかもう些細なことにしか思えない。そして日本で監禁とか安倍さんとかが出てくる。そんな2億年という歳月を過ごす。鼻くそをほじりながら。そうして月まで届くのだ。

モヤモヤとしてて、分かりづらいんだけど、インパクトがあって、おおっ!ってなるのは確かだ。




検証以来、スタバのお店の前まで行くと、決まっていつもあのときのサラリーマンが居るからお店に入れない。
もう怖くて怖くて、
チキンになってしまった。あ、妖精か。

笹塚のカフカ

三種の神器という言葉はみなさんにも聞き覚えがあると思う。元々は歴代天皇に伝わる八咫の鏡とか八尺瓊勾玉とか草那芸之大刀といったものであるが、みなさんが聞き覚えがあるのは、戦後の家電製品ブーム時代の方だと思う。

1950年代後半の白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫。これら生活必需品となった家電製品は、高度経済成長期の慌ただしい時代においては、国民にとっては天皇の三種の神器よりも神々しいものだったのでは、と思う。

さて、昨今、様々な技術が進歩した。
過去の三種の神器はもはやアベレージなものになりつつ、スマートフォン人工知能AIが踊り出てきた。

僕の職場の先輩が四六時中LINEの人工知能AI「りんな」とLINEしている姿を見ていると日本国家の終焉は近いものだと感じてしまう。助けて、りんな。

しかし、これらスマートフォンなどは、結局のところ、過去の三種の神器が揃ってこその必需品となるわけだ。マズロー自己実現理論のピラミッド図のように、三種の神器が満たされた上で、次の家電を求めるようになるのだ。


先日、我が家のPanasonicの洗濯機が購入から2年程経ったころ、ついに壊れてしまった。エラー表示が出ていて、黒い小さなディスプレイに【H51】と表示されている。意味が分からん。

もう、にっちもさっちもいかない。

じゃあ仕方ない、とりあえずコインランドリーに行くかと思い立ったが、近所の銭湯「栄湯」のコインランドリーが、なんと急遽同じタイミングで4日間の長期休暇に入ったのだ!!(怨恨の為今回は銭湯の店名は公表して書く)


そのとき同居人のY氏は呟いた。

「我々は神に見放されたのだ。」と。



結局、にっちもさっちもいかないので、
浴槽に洗濯物をぶち込み、少しのお湯と洗濯を入れて足踏みするY氏。

その姿はエジプトのベニハッサン村に残る紀元前2100年頃の壁画の洗濯の様子を彷彿とさせた。

このまま時代に逆行して、僕らは洗濯物を浴槽で足踏みする生活を送るのか、と思うと戦慄したし、逆に足踏み当番表なるものを作成して、ルーレット方式で足踏み当番を決める、などなど考えると新しい生活にワクワクもした…。


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週末、桜の花弁もあらかた散り過ぎて、ライトグリーンの新芽を出してきた頃、僕は○美とのデートを約束していた。

二人の出会いはまるでドラマの様だった。

笹塚フレンテの4階の図書館の本棚のとある一列で、背伸びをして必死に本を取ろうとしている女の子。

僕が代わりに取ってあげると、女の子は可愛いえくぼを見せて、僕に「ありがとう」と言った。

手渡した本を見ると、村上春樹作「海辺のカフカ」だった。

「あ、これ僕読んだことありますよ。」僕は思わずそう言い、お互いに好きな本の話をした。

女の子は○美という名前だった。

いつの間にか、週末にデートの約束をした。一緒に好きな本を持ち寄って一緒に海辺のカフェで読書しようと。

次第に僕は○美を好きになっていった。


いや、きっと違う。あの日、○美の可愛いえくぼの笑顔を見た瞬間からに違いない。


「お待たせ〜」

ちょっと小走りでやってくる○美。
少し天然なところがあるのかもしれない雰囲気は何処となく可愛い。

海辺のカフカに掛けて海辺のカフェに行こうと考えたのだけれど、都内で探すのには一苦労した。結局豊洲近くのオープンテラスのあるカフェにした。近くでは緑化フェンスを貼っている作業員の姿が見えた。東京湾は曇り空で灰色の海だった。

席に座り、たわいのない話をする二人。
ゆっくりとした時間は何故か、早く進んでいく。まるで見た目には穏やかな海のさざ波が、実際にはその水面下ではものすごい潮の流れがあるかの様に。

「まさくん、今日は夜も一緒に居ていいかな?」

そう○美が僕に聞いた時だった。
不意にケータイが鳴る。LINEのメッセージだった。メッセージを開くと同居人Y氏からだった。


『今日は君が洗濯の足踏み当番だ。』


そのメッセージを読んだ時、一気に夢から覚めた心地がした。もう、○美とは一緒に居られない。僕は、帰らないといけないんだ。僕は呪いをかけられているんだ。ルーレットで選ばれた者は同居人の洗濯物も一緒に足踏み洗濯しなければならず、交代は許されない禁忌なのだ。

「○美ちゃん、ごめん、僕、帰らなきゃ…」

突然の展開に、目を丸くして驚く○美。

「えっ?なに?どうしたの??」

「実は、、」

説明をする僕。こんな話信じてくれないだろうと思っていたのに、○美は大真面目な顔付きで聞いてくれていた。

「そうだったんだ、まさくん…。あ、じゃあ、こうしたらいいよ。」

○美は僕にこの呪いから逃れる方法を教えてくれた。僕はその夜、深夜バスで東京を飛び出し、家出を決行した。いきさきは四国の高松。僕はそこで降り、高松の私立図書館に通いだす。

オオタケもまた都内の笹塚から少し離れた中野区の南台に住む知的障害のある中年だった。通称、「鬼殺し」を好んで飲む建築作業員を殺害し、東京を離れた。オオタケはトラック運転手のオノの力を借り、「入り口の石」を探し始める。

僕はその後警察に追われ、森の中に身を潜め、旧帝国軍のコスプレイヤーと出会い、川のある町にたどり着く。

その後最終的には家出しててもしょうがないやと決意、僕は新幹線で岡山から東京に帰ったのだ…。ってこれ海辺のカフカじゃねえか。オオタケさん関係なくなったし。



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そんな妄想から覚めた僕はまだ洗濯機の前に佇んでいた。


一度思考を戻してみる。

そもそも、何故洗濯機が今回壊れたのだろう。


その【H51】っていう謎のメッセージが気になって仕方ないので、Yahoo!知恵袋で調べてみたら、【H51】=洗濯槽の過負荷とのことだった。あぁなるほどカフカね。

美人は三日で飽きる、ブスは三日で

自慢じゃないが僕はブスにモテる。

右向きゃ右のブスが目を輝かせ
左向きゃ左のブスが胸をときめかせる。

僕の顔はとりわけてイケメンじゃない。
かといってとりわけてブスでもない。

おそらくブスでもこの男ならワンチャン有るんじゃねぇか?っていう算段で、ときめかれる訳である。僕の顔はそんな顔だ。

かといってモテる分には嫌な気持ちもしない。ブスにモテて喜ぶこともないが、嫌な気持ちにもとりわけてならない。
そんな落差のない感情が僕の退屈な人生を見事に反映しているのかもしれない。





あれはいつだったか、そう、春が近づく中でたまにすごく冷え込む日が来る、最近の様な季節だ。

僕は夕方、仕事が終わると、その頃は決まって同じ下北沢のBARに酒を呑みに行っていた。

BARといっても中は騒がしく、居酒屋といった方が良いのかもしれないが、こだわりの強いマスターにそれは言えなかった。

いつもの様に店内に入り、カウンターのいつもの席に座る。入り口正面がカウンターで、店内の奥に入るとテーブル席が何席かある。ウェスタン調の店内の所々にエスニックな柄のカバーやタペストリーが飾られていて、独特な雰囲気だ。

ラム酒を呑む。ふと横を見るとカウンターの僕の席の二つ、三つ隣に女が一人酒を呑んでいた。常連じゃない。初めて見た女だ。


僕の視線に気づいたのか、こっちを振り向いた。ブスだった。僕に少し照れながら話しかけてくる。


「あの…いつもこのお店に来てるんですか?」


そこから質問と答えを繰り返し、初対面の典型的な会話が続いた。

僕には分かる。このブスは僕に惚れているのだと。自惚れている訳じゃない。ブスの目を見れば分かる。ブスの瞳の奥の深淵で、恋の炎が渦巻いている。そしてブスも二種類いる。自分をイケてる女だと思っているプライドの高いブスと、自分をブスだと自覚しているプライドの低いブス。このブスは後者のブスで、声を掛けられない事は火を見るよりも明らかなので、自分から積極的に話しかけてくるブスだ。


それからお互いの話をした。田舎の会社に勤めていたが、今回東京の本社に短期間の出張で来ているらしく、まだ東京に来てから一週間も経っていないそうだ。女の話は何故か抑揚があって、テンポがあって、聞いてて全く飽きなかった。他人の人生に関心のない自分の事を思うと飽きない事に驚いた。

いつの間にか杯を重ね、夜は更けていった。明日もまた呑みましょうね。と約束されて、まぁ断ることもないかと思い承諾した。


翌日もBARに訪れた。すでに女はカウンターに居て、マスターと話しこんでいたが、僕が訪れたことに気づくと会話をやめて、どうも。と言った。

それからまた、とりとめのない話を交わした。くだらない話ばかりなのに、楽しかった。僕が普段、対人関係で作る壁をこの女はいつの間にか飛び越えて、僕の前に来ていたのだろう。

数時間が経ち、女は突然、泣きそうな、困ったような顔をした。

「実は私、明日の夜、田舎に帰らないといけないんです。」


どうやら、出張での仕事も終わり、田舎の会社での勤務に戻るらしい。

「あのー…」

女がなにか言いかけて、辞める。
僕はあえて聞かずに待っていた。

「んー。じゃあ、あの、明日の夜、帰る前にまたここのBARで会えますか?」


「え?あぁ、全然いいよ。てか、明日もここのBAR来るし。」


しばらくの沈黙。

女がまた話だした。

「私のこと、どう思ってます?」

直球な質問が来た。僕は思わず返した。

「え?いや、なんとも思ってないけど…」


「そうでしたか。わかりました。…ん、何聴いてるんだろ私。あはは、何でもないです。気にしないでください。」

女はそう言うと飲みかけの酒を残し、コートを羽織り、帰っていった。


また沈黙になる。




珍しくマスターが僕に話しかけてきた。

「まさくん、あの子の会計もよろしくね。」







翌日。仕事しながらずっと昨夜の事を考えていた。

なにもあんな感じに帰らなくたっていいじゃないか。

普段なら女がそんな態度しても面倒くさい、と思うだけだ。だけどあの女に限っては違った。何となく心の奥がチクチクと罪悪感のようなものに突かれていた。


何故?そう感じるのか?僕は分からなかった。


仕事が終わり、夜になった。
が、昨夜の一件が気まずくて仕方なくてBARに行くのを躊躇していた。いや、そんなの気にしないで行けばいいのさ。と気を張ってみたものの、わざわざ部屋を掃除したりダラダラして時間を延ばしていた。

だけどやはり、気になって仕方ない。僕は下北沢に向かった。




いつもの時間よりだいぶ遅くBARに入ると、カウンターには誰も居なかった。
胸が痛くなったが、同時にホッとする自分もいた。

マスターが僕に話しかける。

「まさくん、遅いじゃないか。あの子、もう出ちゃったよ?」

「いや、いいんです。別に。それよりラムください。」


「なにがいいんだい。まさくん、あの子の気持ちはまさくんは分かってるはずだ。」


カウンターにラムが出てくる。氷がラムの上で転がりながら浮かんでいる。



「だってマスター、あの女ブスじゃないですか。」





一瞬の沈黙の後、マスターは僕に、教えるような、怒ってるような、でも褒めているような、そんな不思議な調子で話してきた。









「まさくん、女性は顔じゃない。確かに美人の方がいいに決まってるが、本当に大事なのはまさくんとの相性だ。まさくんがあんなに楽しそうに話していたのは俺は初めて見たよ。美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れるっていうじゃあないか。…まさくん、さっき出たあの子はまだ電車に乗ってない、今からでも間に合うんじゃないかな?気持ちを伝えに行けばいい。」



マスターの話しを聞きながら、いつの間にか僕は席を立ち、ジャケットを掴んで店のドアに向かっていた。背中にマスターが話してかける。



「まさくん、お会計は明日よろしくね。」










僕は走った。

下北沢を。

餃子の王将を過ぎ、

緩やかな登り坂を、
駆け抜ける。

歩いている人達が、

不思議そうな目で、

僕を見ている。

僕は夢中で走った。







あの女の為?

いや、自分自身の為に、だ。






洋服屋、居酒屋、いくつもの店を過ぎ、南口のマクドナルドの交差点に着く。

そのまま改札に走り込み、Suicaのカードを、改札機に押し付けるように当てて走る。駅員が怪訝そうに見ているが、もう、気にならなかった。

何だか気持ちいい。

こんなに素直に、

全力で走っている。

こうやって生きていけたら
どれだけ素敵なのだろう。



長い階段を一段飛ばしで駆け上がる。
息が上がっている。

ホームに上がると、ちょうど電車が来ていて、あの女が電車に乗り込んだ瞬間だった。

よかった。

間に合った。

あとは自分の気持ちを、素直に、伝えるだけだ…。







声をかけようとしたその時、ちょうど、女がホームの方に振り向いた。













ブスだった。



もう、圧倒的なブス。鬼門を通り抜ける様なレベルの、陰陽師のラストに出てくる様なブス。他を寄せ付けないレベルのピラミッドの頂上に君臨するブス。が、そこにはいた。





時間が止まった。僕は何も、言葉にできなかった。いや、声がでなかった。ただ、ガクガクと膝が震えた。


無言のまま、電車の扉は閉まり、ホームを滑る様に去っていった。






ブスは三日でも慣れない。



韓国放浪記〜釜山は○○〜 後編

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無事に日本に帰ってきた。

やっと帰ってきた。

羽田空港内に広がるレストラン街は
その一つ一つがどれも魅力的で
僕の胃袋を震わせた。

その中で適当なレストランに足を運ぶ。

メニューを見る。

どれも日本語で金額も書いてある。

真っ白いホイップクリームがパンケーキの上を踊るように盛られている写真を見て決めた。それと熱々のコーヒーも。






日本がやっぱり一番だ。


この、「やっぱり」というのは日本を出て初めて分かる。一度も海外に行ったことのない人には分からない。知識ではなく、感覚だ。


海外に出るという事は即ち、日本を見つめ直す、ということかもしれない。


しばらくして、ウェイトレスがトレイを抱えて持ってきた。










「기다리게했습니다」


韓国語で一言告げたウェイトレスがテーブルに料理を置く。

そこには真っ赤なスープと死にかけた顔のニワトリが口から火を吐いている絵があるカップラーメンがあった…

 


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韓国放浪2日目。
ここで目が覚めた。夢だった。



現実にあるのは、ボロいホテルと、二日酔いの肉体と、死にかけた顔のニワトリが口から火を吐いている絵があるカップラーメンの残骸であった。

まるで他宗教間の争いが日々耐えることのないとある中東を風刺的に表した様である。



外は相変わらず寒そうだ。チェックアウトは12時とのことだったので時間ギリギリまでホテルの中で過ごすことにした。…そのときだった。



ズゴゴゴーゴルルルルルルァァアブァァ




凄まじい轟音と下腹部の痛み。


そう。僕は腹を下したみたいだ。


慌ててトイレに駆け込む。



下痢だった。


怒りをぶつけるかのように

叩きつけるかのように

便器にジェイソン(食事中の方もいらっしゃると思われるのでこう呼ばせてもらう)を吐きだした。



いやそんな下痢の具合なんて正直どうでもいい、何よりも衝撃だったのは、色だ。





真っ赤だった。

真っ赤なジェイソン。






それはまさに日の丸の如き真紅。深紅。
大日本帝国万歳。である。

これにはおそらく右翼もビックリ、だ。


ひょっとするとお弁当のご飯の真ん中にコロッと転がしてたら梅干しと見間違えるかもしれない。いや無理か。



昨日の激辛料理の数々が原因であることは言うまでもないだろう。
それに加えて痔にもなった。



痔〜痔〜痔〜痔〜痔〜(少女時代風)






この放浪の旅、辛かった。
いや辛かった。


漢字が一緒だから伝わらなくて隔靴掻痒なんだけれど、辛いんじゃない。
辛かったんだ。


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残金22000ウォン弱。日本円でいうと2200円。物価も大して変わらなかったこの国でどうしろっていうんだマジで。





チェックアウト、といっても部屋の鍵をカウンターにぶん投げて帰るだけ。

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12時。ホテルを出た。外観を見てこれがホテルだと分かった自分自身に戦慄した。





とりあえず、二日目は野宿でもなんでもすればヨイサ!というノリで観光に。

昨夜日本人から聞いた、チャガルチ市場を目指す。ソミョン駅から切符を買う。1000ウォン弱。確かに安いんだけどもう金のない僕にはキツい。


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延々と続く長い市場に無数に並ぶ魚市。それがチャガルチ市場だ。途中に飲食店も入っていて、魚をツマミに酒を呑める。焼き魚の身の焼ける香りが鼻をついた。ようやくこの旅にも一興があると思えてきた。

よし!海の幸でもいただきますか!と買おうとしたらだいたいどれも40000ウォン。買うかっ!てか買えないっ!
小魚、ではなくてどれも一匹丸々焼いちゃってるもんだから四、五人でツマミにするサイズの魚しか焼いてなかった。


仕方なくコンビニで買った1300ウォンのチャミスル片手に市場を後にした。



電車代もそろそろ惜しくなってきたので市場から適当に歩いてみることにした。

一駅ほども歩くと、龍当山公園。

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龍当山公園は小高い山の上にあって、その周辺を砦のようにラブホテルが囲っていた。地元の花岡山を思い出す。

ラブホテルがある、ということは当然、アダルトショップもある。ここで意識高い系の僕は韓国のアダルトショップはどんなものなのか、日本との文化の違いを愉しもうという向上心を持って踏み込んだ。

決して、アダルトショップが好きなんだとか、数の子天井とか、ブラックテンガとか、興味ない。決して、だ。

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意外なことにほとんどが日本製だった。

精密かつ、巧妙な造りを求められるこれらアダルトグッズは、やはり日本の技術をもってして造られるべきなのだ。

数の子天井とか。ブラックテンガとか。日本人としてこれは誇り高い。ただ、ほだしってなんだよおい。

お金がないから買わなかったんじゃないんだ。興味ないから買わなかったんだ。そこのところは一つ、理解してほしい(白目)



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学校?の外壁に描かれた三国志の名場面、「桃園の誓い」だ。劉備の住まいの桃園のところで劉備張飛関羽が揃って酒を酌み交わす。4000年の歴史を感じると思わず胸が熱くなる…ってこれ中国じゃね??
神に捧げられた美酒と穀物、スクーターがなんともいえない哀愁を醸している。


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日が暮れ、夜がきた。
もはや所持金は底をついた。
野宿決行かと思ったけれど2月末の韓国の風は思いの外冷たく、僕の心を削り取っていく。どうにかして泊まらなければ。

お金を得る手段…仕事なんて言葉も通じないこの国では無理だし、ビザもないから不法労働だ。と、思ったところで気づいた。

そうだ。カメラを売ればいいのだ。


数少ない所持品の中で、流石に上着とケータイは手放したくないので、デジカメを売ることにした。過去数多と旅行に赴いては様々な光景を撮ってきたこのデジカメ。僕にとっては無二の親友、なのだ。そこには情がある。手放したくない。

SONYのデジカメだ。買ったとき8万くらいしたからきっとものすごい金額で売れるにちがいない。そしたらもっと美味しいもの食べて、暖かい場所で寝よう。
よし売ろう。とっとと売ろう。

ソミョンまで戻った僕は早速カメラを売るためにまずは翻訳した画面を保存して、ひたすら通行人に訪ねて回る。

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何度も何度も訪ねても、カメラを買わないどころか、くたばれジャップ!失せろ乞食!ぐらいの勢いで睨みつけてくる。もうくたばった方がいいのかもしれない。

そこまで落ち込んだところに、奇跡が起きた。

なんと日本語の案内をするボランティアのカウンターが地下道にあったのだ。もっと早く知りたかった。

半泣き状態でボランティアのおじいさんにすがりつく。

こんな異国の地で日本人のおじいさんにすがりついてそのままおじいさんに身も心もされるがままみたいなハード系のAVとかあったらかなり売れそうだ。いや、無理か。

どうやら話を聞くと地下道でカメラとかケータイとか買い取ってくれる露店があるらしい。早速連れて行ってもらった。

そこの露店商がウンウン唸ってSONYSONYだ唸ってしばらくしたら金額を言ってきた。


25000ウォンだった。

もう背に腹は代えられないので売った。
さよならデジカメ。

とりあえずほんのすこしお金を用意した僕は、今夜の宿探しに出た。

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30000ウォンのラブホテル。
結局この相場が限界らしい。

だけど二日目のホテルはちゃんと歯ブラシも未使用。で、テレビつけると、ばっちりお料理番組やってたからホッとした。







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どうやら韓国では3分では料理は終わりそうにない。







三日目。
朝ホテルを出るとキムチ臭いサンタがゴミを漁っていた。あまりにも無感動な自分に驚く。おそらく旅行で疲れたのだろう。


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電車に乗って港近くの地下鉄を降りてしばらく歩くと港に着いた。さあ!早く帰ろう。

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国際船ターミナルに入る。
たった二日前に来たのに、ものすごい昔にかんじてしまう。こりゃああれだ。竜宮城か?

出国ロビーに入り、港使用料を払う。4200ウォン。何度も計算を重ねた結果、港使用料と港から天神、福岡空港への交通費はギリギリ足りるのだ。逆に言えばなにかひとつでも間違いがあればこの韓国の地に根をおろし、新たな人生をスタートさせなければならない。いやそれはマジ勘弁、だ。

港の使用料を払った後、お金を換金する。日本円にして千円弱。どうやら足りたし、缶コーヒーくらいは呑めそうだ。

そしてWi-Fiも港で使えるので、早速ケータイを弄って暇をつぶす。約3時間。もう港からでたくない。じっとしていたい。黙々とケータイを弄って日本語の文章を読んでいると韓国に居るのを忘れさせてくれる。なんだかんだいって日本大好きなんだなぁ(みつを)

しかしガヤガヤとロビーが騒がしくなる。振り向くとそこには日本へこれから観光にいくツアーの団体がなにやらガヤガヤと騒いでいるのだ。

顔を真っ赤にさせたおじさんは韓国の国歌?のようなものを熱唱しているし、その周りの年寄りは手拍子している。なんて節操のない奴らなんだ。同じ船かもしれないと思うとうんざりする。



やがて出国手続きが開始された。
ゾクゾク人がパスポートの確認や手荷物検査を受けていく。ものすごい長蛇の列だ。

パスポート確認を済ませるとその先に手荷物検査のベルトコンベアが何台か設置されていて最初の列からそれぞれまた別の列に分かれて行く。やれやれもう少し、と思った時だった。

誰かが韓国語で叫んでいる。

どうした?なんだ?テロか?と思って周りの人たちも声のするほうを見たのだけれど、おじさんが列から抜けて他の列に強引に割りこもうとしていた。

よく見たらさっき歌ってたおじさん。どうやら並ぶ時にツアーの仲間とは違う列に並んでしまったらしい。すかさず職員が駆けつけてなだめている。

どの列で検査しても問題ないのだとおそらく伝えているのだけれど、もうおじさんはツアーの仲間とここで今生の別れだと思っているらしく、顔を真っ赤にして泣きそうな顔で叫んでいる。なんて奴だ。

僕はこれは面白いとばかりにケータイで動画を撮る。せめて最後くらいこういう面白い思い出を収めたい。そう思った。

そろそろ警備員にあのおじさん連れて行かれるぞ。と思った時、がっしと警備員に両腕を掴まれた。



僕が。

そのまま別室に連れて行かれる。
泣きわめいたおじさんが、連れ去られていく僕を、節操のない奴を見る目で見ていた。あんな奴と船にのるかも知れないと思ってうんざりしているのだろうか。


取調室に座らされてしばらくすると、日本語の話せる警備員が来た。どうやらパスポートチェックや荷物の検査の場所では撮影などはご法度らしい。
テロ対策強化の影響なのか、韓国で撮影した内容を見せないといけなくなった。

ラブホテルのAVの映像とかアダルトショップの写真とかお宝エロ動画とかわんさわんさと暴かれてしまったときは
僕の方がおじさんより顔を真っ赤にして泣きそうだった。




出航ギリギリで取調べも終わり、
半べそかきながら船に乗り込んだ。




「釜山は悲惨」だった




終わり




追記
その後無事に天神から福岡空港行って飛行機乗って羽田空港に着いたのだけれどそこで所持金が尽きて帰れなくなった件はさすがに恥ずかしくて言えない。










韓国放浪記〜釜山は○○〜



今回は今年2月23日から25日にかけて旅行した韓国放浪記の話。


東京羽田から故郷熊本へ。数泊した後に23日早朝から熊本⇨博多天神博多港国際ターミナル⇨韓国釜山
というルートで今回は韓国に行ってきた。


事前に東京までの往複路はきちんとチケットも購入済みで準備万端。あとはワクワクドキドキの初韓国を楽しむ…というプランだった。



いざ国際ターミナルに着くと、もう中でサッカーの試合できるんじゃないのってくらいの巨大な旅客船が並んでいる。まるでタイタニックさながら、である。
なんて素敵な旅なんだ!と胸をワクワクさせてお目当てのフェリー、「beetle」を探した。

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そこにはもうポンコツな船が一艘。
潮風を受ける「beetle」の文字。
本当にこんな船で行くのか!?と不安になった。いまにも沈むんじゃないかって勢いだ。

そんな不安ももろともせず、無事船は僕を乗せて釜山へ向かった。


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クジラとの衝突の可能性がある、とのことで低速運転で進む「beetle」。2時間弱。小さい船は半端なく揺れて胸がワクワクからムカムカに。
そんな中、ようやく船は釜山に到着した。

まだ見ぬ土地にワクワクする。


入国審査を受けてターミナル内でお金の換金。12万ウォンと思うとお金持ちになった気分だけど1万2千円足らず。まぁなんとかなるさ。

ターミナルを抜けて外へ。
広い空。遠くに立ち並ぶビル。ほのかに香る潮風。異国情緒はないものの、やはり日本と雰囲気は違った。


今回はホテルは事前にとっておらず、まぁ釜山に着けばなんとかなるでしょくらいの気持ちで来てしまったので、さてどこに行くか。目の前に止まったバスにとりあえず乗り込む。


「このバスはどこにいくんですか??」

僕が問いかけると運転手は答えた。



「무슨 말을하는지 모르겠다!!」

ものすごい剣幕で罵ってくる。
しかしもうなんて言ってるのかさっぱり分からない。そういえば韓国は韓国語なので日本語が伝わらないのは当たり前なんだけど隣国だからなんとかなるかなぐらいの考えが愚かだった。

すごすごと車内に座る僕。なんて怖しい国なんだ韓国。

すると運転手がまた罵ってくる。

「돈을 지불!!」

意味わからない言葉を吐いて料金箱をガシガシと叩く。ぶっ壊れそうだ。しかしそのジェスチャーで前払いなのだと気付いた。


なんて怖しい国なんだ韓国。初めっから半泣き状態である。なんか海外旅行する度に最初強烈な叱咤を受けるんだけど、いったいなんなんだろう。

しかし、韓国の怖しさを知るのはこれからだった…








クラクションをけたたましく鳴らしながら大通りを走るバス。20分程もすると賑やかな街に来た。適当にバス停で降りる。

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釜山の観光地で有名な「西面(ソミョン)」だ。勿論到着したときには全く分かっていない。

とりあえずお腹が空いたので賑わっている食堂に入ると、老若男女、ヨボヨボのジジイからキャピキャピのOLまでが、何をどうしたらこんな色になるんだってくらい真っ赤な麺を啜っていた。僕はあまり激辛とか好きじゃないのでメニューの写真を見て、とにかく赤くない料理を頼んだ。白濁色のスープに野菜と麺が入ったもの。これなら辛くないはず。

しかし数分して店員が持ってきた料理は、メニューと全く違うコテンパンに真っ赤なスープだった。滅茶苦茶である。しかもみんな食べてるものと一緒だ。

「취향에 바랍니다」

またなんか分からない言葉をゴチャゴチャいいながら店員がボウルを僕のカウンターに置く。真っ赤なコチュジャンソースみたいなのが入ってた。まだ入れとけってか!キチガイだな!

一口食べるともう辛くて舌が痛くて美味しいとか美味しくないとか分からなかった。これがアベレージで昼飯なのか。きっと韓国人はみんなドMに違いない。



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その後、立ち飲みや屋台でひたすら酒を呑み、おでんやホットクを食べる。どこに行ってもたいして食べ物も同じでどこまでもおでんかホットク。

屋台が並んでて

おでん屋
おでん屋
おでん屋
ホットク
おでん屋
おでん屋

みたいな並び。
もういい加減飽きる。韓国人はこんなの毎日たべてるんだろうか。

とそこに、屋台の一つに日本語が書いてあった。

「日本語OK。日本人屋台」

やっと日本語があった。もう日本語が懐かしくて恋しくて思わず中に入ると、おばちゃんと若者の男性客が2人。みんな日本人だった。狭い屋台の椅子に座った。

「ビールください。」

はいはい〜、と返事をしておばちゃんが瓶ビールを出す。言葉が通じるということがこんなにありがたいことだとは。

「あっ、日本から旅行で来てるんすか?」

カウンターに座る客に尋ねた。

彼ら2人は埼玉の大学生で、就職前のこの時期に韓国旅行を決めたらしい。僕と違って彼らはホテルも予約済み、観光地も下調べして来ているそうだ。オススメの観光地を聞いてみる。

「チャガルチ市場に行ってみると良いですよ。魚が美味いそうです。」

親切に教えてくれた。どうやら西面から南下して今朝降り立った港よりも更に南西の方にあるらしい。明日行くことにした。

瓶ビールとチャミスル、肉炒めを食べて会計をする。2万2千ウォン。明らかに他の屋台より高く取られた。日本人料金ということか。背に腹はかえられない。
僕は屋台を後にした。


さて、ホテルを探すことに。
と、ここで所持金をみてみると

5万2千ウォン。
もう半分近く使っていた。
そしてどのホテルを見ても、相場が「5万ウォン〜」になっていた。
これには参った。5千円弱で泊まれるのだから日本に比べればだいぶ安い。だけど僕はそれ以前に所持金が無かったのだ。

今日泊まると明日は野宿になってしまう。こればかりは避けたい。

酔ってふらつく足取りの中、安宿を探し歩く。こんな時の安宿の探し方は世界共通かもしれない。とにかくボロい宿、だ。

一軒のボロいラブホテルを発見し、中に入っていく。エントランスと言うには仰々しいほどのボロいカウンターに颯爽と老婆が現れた。ジェスチャーを交えて言うには、どうやら3万ウォンらしい。仕方ないので3万ウォンで手を打ち、泊まることにした。

部屋の鍵を渡されて、302号室へ。
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中に入るとモワンとホコリといかくんの匂いが立ち込めていた。確かにボロ宿だけれどベットメイキングも小綺麗にはしてあった。渋谷の自宅と部屋番号が同じなだけあって、無性に家に帰りたくなる。なにが楽しくて1人韓国の安ラブホテルに泊まっているんだか。

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充実したアメニティ。
石鹸、シャンプー、歯磨き粉と使用済み歯ブラシ。世紀末である。


一通り部屋を眺めたところで、小腹が空いたので近くのコンビニに行くことにした。所持金も僅かだが、なんとかなるさ。もう明日のことは考えない。今を生きる。


ブルブルと身体を震わせながら近くのセブンイレブンに。呑んだ後はやはりカップラーメンが食べたい。とおもってカップラーメンの陳列棚へ。






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まぁ、なんというか国民性がにじみ出ているというか、辛いものしか置いてない。パッケージが爛々と赤い色しやがってからに。一つだけ黒いパッケージのラーメンがあったので手に取った。
コンビニでお湯を入れてラブホテルに戻る。

部屋で食べるとアホみたいに辛かった。
カップラーメンのフタをみると死にかけのニワトリが口から火を吐いている絵が描いてあった。

半分くらい食べ残して痛い喉と舌を堪えながら震えながらその日は眠りについた。


続く。